翌日、西松は昼過ぎに出勤して拓海がやって来るのを待った。あまり寝ていないので、日中はどうしても眠気に襲われてしまう。ダラダラしているとまた拓海に小言を言われると思いながら、特になにもせずに数時間過ごした。どうせ仕事はしないのだから夕方のギリギリの時間に出勤することも可能だけれど、帰宅ラッシュに巻き込まれるのが嫌なのでいつも早めに出勤していた。
 そして夕方事務所にやって来た拓海は、どこか浮かない顔をしていた。

「西松さん、さっきここに来る途中に青少年を守るなんとかかんとかの会の代表を名乗るオジさんに声をかけられたんですけど、どう思います?」

「お前、まさかなにかやらかしたのか?」

「失礼ですね。普通に歩いていただけですよ。それで、西松探偵事務所でアルバイトをしている子だよねって聞かれました。はいそうですって答えたら、悪いことは言わないから西松彼方と関わるのはやめたほうがいいって言われました」

「そのおっさん、背が高かったか?」

「ええ。ひょろひょろした人でした。背が高いわりには薄くて、強い風が吹いたら折れてしまいそうな感じの人」

 覚えがあり過ぎて、西松は舌打ちした。
 おそらくその男は秋山だろう。秋山は日中、駅の近くの飲食店で働いている。そして休みの日は昼くらいから見回りをしているらしい。西松探偵事務所の周りもうろちょろしているようで、拓海が事務所に出入りしているのを目撃していてもおかしくなかった。
 拓海のことを心配して声をかけたのかもしれないけれど、流石に余計なお節介だろう。自分を嫌うのは構わないけれど、必要以上に干渉されるのは気に食わない。
 西松は今度文句を言ってやろうと決めて、机の上にある煙草の箱に手を伸ばした。その瞬間、拓海が眉を顰める。拓海は西松に禁煙することを度々勧めていた。

「で、お前はそのおっさんになんて答えたんだ」

「心配はいらないですって答えたんですけど、それで良かったんですかね」

「良かったんじゃねぇの」

「俺が思うに、あの人は西松さんの能力のことを知っているんじゃないですか?」

 拓海は目を細めて西松にたずねる。ほとんど確信しているような口振りだった。

「ああ。知ってるよ」

「じゃあやっぱり西松さんの知り合いなんですね。流石西松さんと言うべきか、変わった友人ですね」

「あの男、秋山は友人じゃなくてビジネスパートナーだ。そしてあいつは、俺にひどくビビってる。仕事じゃなければ俺に近づきたくないだろうよ。俺だって仕事じゃなければ関わりたくねぇけどさ」

「確かに気が弱そうな人でした。ところであの人とどういう仕事をしているんですか?」

「秋山はこの一帯で少年少女を保護する活動をしている。俺はそれに協力しているんだ。秋山が連れて来た子供から名前とか住所を聞き出すんだよ。そしてその情報を元に、秋山が子供を家まで送る」

「昨日言っていた迷える子羊を救うって、そういうことですか」

「そういうことだ。やっと俺が真面目に仕事をしていると信じる気になったか」

「情報として頭に入れておきます」

「まだなにか疑っているのかよ。なんでもかんでも俺を疑うのはやめろよな。たまには素直に受け入れろ」

「俺も疑うのをやめたいんですけどね、やめられないんですよ。西松さんって、基本嘘吐きじゃないですか。信用してもらえないのも当然だと思ってくださいよ」

「俺は確かに嘘吐きかもしれないけれど、仕事関連では結構真面目だからな」

「なら言いますけど、今は勤務時間中ですよね。なにか仕事をしていますか? 煙草を吸って、寝て、ご飯を食べる姿ばかり俺に見せていて、全く説得力がないですから。ほんと知れば知るほど駄目な大人ですね。迷える子羊たちに悪い影響を与えなければいいんですけど」

 拓海は悩ましげにため息をつく。ため息をつきたいのは西松のほうだった。

「とりあえず西松さんが一応仕事をしているのはわかりました。だけど真面目にやっているというのは、やっぱり信じがたいですね」

「お前な、俺は早朝まで働いていたんだぞ。一晩に十人以上相手にすることだってあるんだからな。ちなみに結構責任が伴う仕事だ。相手がガキだからこそ、俺なりに気を使っている。お前が思っているほど楽な仕事じゃねぇんだよ。だから労え。俺を崇めろ」

「それはそれはご苦労様です」

「気持ちが全く伝わって来ねぇよ」

「西松さんは褒められるよりも適当にあしらわれるほうを望んでいるような気がするんですよ」

「俺はマゾじゃねぇよ。てかお前、最近やけに俺の身の回りのことを探るようになったな。いつかの探偵ごっこの延長か?」

 西松がたずねると、拓海は少し焦ったような顔をした。拓海だって色々と探られたら良い気分になるわけがないだろう。だから西松が怒っていないかと気にしていた。

「別に、探偵ごっこなんて、やっていませんよ。探っているつもりも、ありませんでした。ただ、俺も高二なので将来のことを考えなきゃいけない時期に迫っているんです。進路相談とか今からあって、周りのやつらは結構真面目に大学とか調べていて、俺も焦ってきて、それで、自分はどうなりたいのかと考えて、なんとなく探偵業に興味を持ちました」

 それは本音か。それとも出まかせか。

 拓海が西松の仕事のことを気にしているのは確かだろうけれど、その意図はよくわからなかった。思考がわかっても、受け入れ方でだいぶ意味が変わることがある。だから西松は少し考えてから口を開いた。