「私、先生の言う通り、被害妄想が激しいんだと思います。人が私のことをどう思っているのかいつも気になっている。視線や言葉にものすごく敏感に反応してしまう。だから、周りの人の考えを、気持ちを、よく想像しているんです。先生が私のことをどう思っているのかも、自分なりに考えていました。先生、私、ずっと先生に謝りたかったんです。迷惑をかけてばかりで、ごめんなさい。面倒くさい生徒で、ごめんなさい」
「ちょっと、どうしちゃったの? 私は町村さんのことを面倒だなんて思っていないわ。そもそも、今はそんな話をしていたわけじゃないでしょ」
鈴の謝罪に、担任は焦る。鈴の前まで移動して、その口を塞ごうとしているのか手を伸ばしてきた。けれど次の瞬間、ショートホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴った。
担任は手を下して、少し冷静になったのか辺りを見渡した。そして大きくため息をついた。
「ああ。もうこんな時間。話が逸れてしまったけれど、盗難の件はまた放課後にします。町村さんはこの後、私と一緒に職員室に来なさい。じっくりと話し合いましょう」
鈴は素直に頷く。担任はそれを確認して、早歩きで教室を出て行った。鈴も担任に続いて教室を出て行こうとして、途中で足を止めた。そして唖然とした顔で鈴と担任のやり取りを見ていた佐藤に声をかけた。
「佐藤さん、財布が盗まれた本人なのに、やけに平然としているよね。盗まれたの、大金なんでしょ? 加賀美さんが犯人だと思っているのならば、加賀美さんにお金を返してもらわなければ、気が収まらないはずだよね」
「えっ。私は、その、別に……」
「それで、今財布の中にある九千円は、新しく親にもらったの?」
鈴が言った瞬間、佐藤の表情が凍りついた。そして佐藤は手に握っていた携帯電話を床に落とした。その瞬間多くの生徒は携帯電話に意識を奪われていたけれど、佐藤本人は鈴から目を逸らせないでいた。
「良かったね。とりあえず、ライブのチケットは買えるみたいで、本当に、良かったよ。お金もチケットも、なくさないようにね」
静まり返った教室で、鈴の声はよく響いた。
亜里沙が、詩織が、みんなが、佐藤に訝しげな目を向ける。次のターゲットは佐藤だ。佐藤は多少痛い目を見るべきだと鈴は思っている。だけどこれで佐藤がいじめられるようになったらどうしようかと不安にもなった。
いったい、どうするのが正解だったのか。
鈴に今わかるのは、ますます逃げるわけにはいかなくなったということだった。そして鈴は、どんなに迷惑がられようと、恐れられようと、このクラスにいてやろうと決めた。
廊下に出ると、担任の姿はそこになかった。向かった場所はわかっていて、鈴はゆっくりと担任が通っただろう道を辿る。
ジメジメとした校舎は、上昇していた鈴の熱を冷ましてくれた。そして教室から遠ざかっていく程、言いようのない虚しさに襲われた。
前に進むしかないとわかっていても、楽しかった過去を振り返るのをやめられない。
鈴は短期間に多くを失い過ぎていた。
色々なことを思い出して涙が出そうになった時、突然ポケットの中で携帯電話が震えた。スタートを介して送られたメッセージの内容はディスプレイを確認する前に耳に入り、鈴は思わず足を止めた。
まさか。信じられない。
雨は相変わらず降り続いていて、雨音は校舎中に響いている。鈴は空耳かと思い、慌ててポケットから携帯電話を取り出した。そしてありがとうとたった一言だけのメッセージを目にして、悲しいだけじゃない涙が零れ落ちた。