初めて聞こえるはずのない声を拾った時、鈴は教室にいた。
話し声とも、独り言とも違う複数の声が聞こえた瞬間、頭に大きな衝撃が走った。そして身体が震えて止まらなくなり、思わずトイレに駆け込んで吐いた。しばらくトイレに籠った後、風邪を引いていて幻聴を聞いたのだと自分を落ち着かせ、再び教室に戻った。けれど声は余計にひどくなった。
家に帰って寝ても、体調は良くならない。
声は聞こえ続けて、時々自分がどこにいるのかわからなくなった。友人は次第に鈴を奇妙な目で見るようになった。母親と拓海は元気のない鈴を心配してくれたが、変な声が聞こえるなどと相談できるわけがなかった。
そして鈴は、声を怖がりながらも集まる声につられるように新宿に向かい、そこで一歩も動けなくなった。
鈴は誰かに助けを求めようとした。しかしなぜか声が出せず、辺りには知らない人間たちの声ばかりが一方的に響いていた。それでも鈴は懸命に叫んだ。心の中で、他のすべての声をかき消すように叫んだ。すると突然、背後から何者かに腕を掴まれた。
鈴が驚いて振り返ると、男がいた。
スーツを着崩し、髪を茶色に染めた男の人相は悪く、いかにもなにか特殊な職業についているように見えた。
普段ならば絶対に関わりたくない容姿をした男を前にして、鈴はようやく正気を取り戻した。
自分は今、なにをしていたのか。
それまで大音量で押し寄せていた声が、途端に小さくなる。気がつけば鈴と男の周りにはポカリと空間ができていた。通行人はトラブルに巻き込まれたくないのか、鈴と男を露骨に避けて歩いていた。
鈴は周りの視線が気になったが、男が見ていたのは鈴だけだった。
鈴は緊張して、身体が震えた。逃げなければと思っても足が動かない。今度こそ声を出して助けを呼ぼうと思った時、男が口を開いた。
お前だけじゃないと、男は言った。