拓海は軽くパニックになって、西松が扉を開けるのを止めようとした。しかし西松は拓海の制止に構わず、ガラリと扉を開けてしまった。
「失礼します」
西松は扉を開けた途端、一度深くお辞儀をする。それまでにない真面目な顔をしていた。
拓海は誰だこいつはと思いながら西松を押しのけて部屋の中に入った。
「あの、母さん、この人、俺のちょっとした知り合いなんだ」
西松の姿を見た母親は案の定目を丸くして固まっていた。拓海が知り合いだと説明するとあからさまに眉を顰めていた。
「いったい、どういう知り合いなの?」
「えーっと、友達の、お兄さん。階段で転んで入院した上司のお見舞いに来ていたみたいで、そこで偶然会ったんだ」
「……へぇ。そうなの。お仕事はなにをされているのかしら?」
「スクールカウンセラーです」
母親にたずねられて、西松はサラリと嘘をついた。
「スクールカウンセラーにしては、ずいぶん派手ですね」
「やんちゃな子供たちを相手にしているんです。子供に舐められないためにも、服装には気を使っています。それで、拓海君はどうやら私に相談したいことがあるそうなんです。いきなりで申し訳ないのですが、この病室で簡単なカウンセリングをしてもよろしいでしょうか?」
母親はどういうことだと拓海に視線を向ける。拓海はよくわからないながら数回頷いた。
「本格的なカウンセリングとは違います。今回はただ話を聞くだけです。今拓海君はある悩みを抱えていて、話せば楽になることもあると思うんです」
突然なことに困惑した表情を浮かべる母親に、西松はグイグイ攻める。母親は拓海と西松を見比べて、ならしばらく席を外すわと病室を出てくれた。
「お前の母ちゃん、意外と迫力あるな。まるで不審者を見るような目で俺を見ていたぞ」
上手く母親を追い出した西松はそれなりに緊張していたのか大きく息をついた。
「西松さんを前にしたら、誰だってあんなふうになりますよ。一目で危ない人だとわかりますし」
「本当に危ない人はな、見た目ではわからないもんだぜ」
「それにしても、よくペラペラとあんな嘘をつけましたね」
「俺に不可能はないからな」
「たぶん嘘だと気づいていましたよ」
「それでも俺の勝ちには違いない。疑いながらも大事な息子を俺に託したんだ」
母親は明らかにしぶしぶ席を外していた。西松のカウンセリングを認めたのではなく、警備員を呼びに行った可能性もある。
拓海は嫌な予感がして、今直ぐ逃げたほうがいいのではないかと思った。
「それで、どうするんですか? まさか、本当に鈴を叩き起こすわけではないですよね?」
「そのまさかだ。叩き起こす勢いでいく」
西松は大股でベッドに近づく。そして眠っている鈴の手を握り締めた。拓海はこれからなにが起こるのかわからずに唾を呑む。拓海が緊張しているのに気づいてか、西松はニヤリと笑った。
「なぁ拓海、お前はどこにでもいそうな平凡な男だ。だけど俺は、世界で一番特別な男なんだよ」
「はぁ。そうですか」
「俺には今、お前がそんなことはどうでもいいと思っているのがわかる」
「確かにどうでもいいと思っています」
「お前が好きな女の名前を当ててやろうか?」
「話がかみ合っていないんですけど」
「アキちゃんだろ」
「は? なんで知っているんですか?」
「お前の心を読んだからだよ」
「まさか」
「思い当たるふしはいくつかあるはずだ。俺がなぜ乗るべき電車を当てられたのか。俺がなぜこの病院に鈴が入院していることを知っていたのか。それは別に、俺がお前ら兄妹のストーカーだったからじゃない。俺は何度も拓海の心を読んでいたんだよ」
「いや、まさか」
「とても理解できない。ありえない。そんなことができたら気持ち悪い。拓海は今、そう思っている。わかるよ。そう思うのもしかたない。普通では知られるはずがないことを、こうやって知られてしまっているんだからな。つまり俺は、他の人間とは違うんだ。他人の心を読めてしまう。だからいつだって孤独だった。みんな奇妙な目で俺を見てきた。だけど鈴は少しだけ、そんな俺のことを理解していた。なぜなら鈴は、他の人とは違う、気持ち悪がられる側の人間だったからだ。鈴は、俺ほどではないが、特別な人間なんだよ」
いったい西松はなにを言っているのか。
西松の言う理解がなんの理解なのかも拓海にはわからない。下手な冗談なのかと思ったが、それにしても西松は真剣な顔をしていた。
「ちょっと、待ってくれ。よく意味がわからない」
「いくら話したところで、拓海に俺のことを理解できるわけがない。だけど本当に鈴を助けたいのならば、鈴のことはもう少し理解する必要がある。なぁ、鈴はトラックにひかれる前から、どこかおかしかっただろ。加賀美という女も話していた。鈴にはな、スタートのやり取りの内容が筒抜けだったんだ。それが鈴の能力だ。鈴は、スタートで送られるメッセージを拾うことができるんだよ。まぁ実際に拾えるのはせいぜい半径五メートル以内で行われたやり取りだろうな。それでも教室内では十分だろ。鈴はそのことに動揺して、友人に勘付かれた。そして飛び交う悪口に耐えられなくなった。その結果が、これだ」
そんなわけがない。鈴は他の方法でスタートの内容を盗み見ていたはずだ。
拓海は否定したくて、だけど他の方法なんて思い浮かばなかった。
「失礼します」
西松は扉を開けた途端、一度深くお辞儀をする。それまでにない真面目な顔をしていた。
拓海は誰だこいつはと思いながら西松を押しのけて部屋の中に入った。
「あの、母さん、この人、俺のちょっとした知り合いなんだ」
西松の姿を見た母親は案の定目を丸くして固まっていた。拓海が知り合いだと説明するとあからさまに眉を顰めていた。
「いったい、どういう知り合いなの?」
「えーっと、友達の、お兄さん。階段で転んで入院した上司のお見舞いに来ていたみたいで、そこで偶然会ったんだ」
「……へぇ。そうなの。お仕事はなにをされているのかしら?」
「スクールカウンセラーです」
母親にたずねられて、西松はサラリと嘘をついた。
「スクールカウンセラーにしては、ずいぶん派手ですね」
「やんちゃな子供たちを相手にしているんです。子供に舐められないためにも、服装には気を使っています。それで、拓海君はどうやら私に相談したいことがあるそうなんです。いきなりで申し訳ないのですが、この病室で簡単なカウンセリングをしてもよろしいでしょうか?」
母親はどういうことだと拓海に視線を向ける。拓海はよくわからないながら数回頷いた。
「本格的なカウンセリングとは違います。今回はただ話を聞くだけです。今拓海君はある悩みを抱えていて、話せば楽になることもあると思うんです」
突然なことに困惑した表情を浮かべる母親に、西松はグイグイ攻める。母親は拓海と西松を見比べて、ならしばらく席を外すわと病室を出てくれた。
「お前の母ちゃん、意外と迫力あるな。まるで不審者を見るような目で俺を見ていたぞ」
上手く母親を追い出した西松はそれなりに緊張していたのか大きく息をついた。
「西松さんを前にしたら、誰だってあんなふうになりますよ。一目で危ない人だとわかりますし」
「本当に危ない人はな、見た目ではわからないもんだぜ」
「それにしても、よくペラペラとあんな嘘をつけましたね」
「俺に不可能はないからな」
「たぶん嘘だと気づいていましたよ」
「それでも俺の勝ちには違いない。疑いながらも大事な息子を俺に託したんだ」
母親は明らかにしぶしぶ席を外していた。西松のカウンセリングを認めたのではなく、警備員を呼びに行った可能性もある。
拓海は嫌な予感がして、今直ぐ逃げたほうがいいのではないかと思った。
「それで、どうするんですか? まさか、本当に鈴を叩き起こすわけではないですよね?」
「そのまさかだ。叩き起こす勢いでいく」
西松は大股でベッドに近づく。そして眠っている鈴の手を握り締めた。拓海はこれからなにが起こるのかわからずに唾を呑む。拓海が緊張しているのに気づいてか、西松はニヤリと笑った。
「なぁ拓海、お前はどこにでもいそうな平凡な男だ。だけど俺は、世界で一番特別な男なんだよ」
「はぁ。そうですか」
「俺には今、お前がそんなことはどうでもいいと思っているのがわかる」
「確かにどうでもいいと思っています」
「お前が好きな女の名前を当ててやろうか?」
「話がかみ合っていないんですけど」
「アキちゃんだろ」
「は? なんで知っているんですか?」
「お前の心を読んだからだよ」
「まさか」
「思い当たるふしはいくつかあるはずだ。俺がなぜ乗るべき電車を当てられたのか。俺がなぜこの病院に鈴が入院していることを知っていたのか。それは別に、俺がお前ら兄妹のストーカーだったからじゃない。俺は何度も拓海の心を読んでいたんだよ」
「いや、まさか」
「とても理解できない。ありえない。そんなことができたら気持ち悪い。拓海は今、そう思っている。わかるよ。そう思うのもしかたない。普通では知られるはずがないことを、こうやって知られてしまっているんだからな。つまり俺は、他の人間とは違うんだ。他人の心を読めてしまう。だからいつだって孤独だった。みんな奇妙な目で俺を見てきた。だけど鈴は少しだけ、そんな俺のことを理解していた。なぜなら鈴は、他の人とは違う、気持ち悪がられる側の人間だったからだ。鈴は、俺ほどではないが、特別な人間なんだよ」
いったい西松はなにを言っているのか。
西松の言う理解がなんの理解なのかも拓海にはわからない。下手な冗談なのかと思ったが、それにしても西松は真剣な顔をしていた。
「ちょっと、待ってくれ。よく意味がわからない」
「いくら話したところで、拓海に俺のことを理解できるわけがない。だけど本当に鈴を助けたいのならば、鈴のことはもう少し理解する必要がある。なぁ、鈴はトラックにひかれる前から、どこかおかしかっただろ。加賀美という女も話していた。鈴にはな、スタートのやり取りの内容が筒抜けだったんだ。それが鈴の能力だ。鈴は、スタートで送られるメッセージを拾うことができるんだよ。まぁ実際に拾えるのはせいぜい半径五メートル以内で行われたやり取りだろうな。それでも教室内では十分だろ。鈴はそのことに動揺して、友人に勘付かれた。そして飛び交う悪口に耐えられなくなった。その結果が、これだ」
そんなわけがない。鈴は他の方法でスタートの内容を盗み見ていたはずだ。
拓海は否定したくて、だけど他の方法なんて思い浮かばなかった。