「で、これからどうする?」

「調査は終わりました。鈴を陥れた犯人はどこにもいない。あと俺にできることは、鈴が目覚めるのを待つだけです」

「グダグダな調査だったな。素人にしても情けねぇ。ごっこ遊びかよ」

「プロの西松さんだったら、どういうふうに調査しましたか?」

「俺はそもそも依頼を受けねぇ」

「いやいや、問題外だろ」

「それにしても、女子中学生って案外くさいな」

「間違って聞かれたらボコボコにされますよ。いくら中学生でも集団になると破壊力が半端ないから気をつけたほうがいいです」

「知恵ちゃんだっけ、あの子はまだいい。他の二人は香水をつけすぎだ。化粧も似合ってねぇ。若いんだから自分のにおいや素顔にもっと自信を持っていいと思わないか?」

「言いたいことはなんとなくわかります。でも煙草くさい西松さんの口から聞きたくない台詞ですね」

「比べて猫はいいよな。いつだって自然体で愛らしい」

「西松さんって、ホストみたいな恰好をしているけれど、彼女とかいないんですか?」

「猫を飼うか、犬を飼うか悩んでいるところだ」

「質問の答えになっていないんですけど」

 亜里沙や知恵から話を聞いて落ち込んでいたはずなのに、西松と話していると不思議と気が紛れる。西松に救われているのが、なんだかおかしかった。

「とにかく調査は終わりです。今日付き合ってくれたお礼として、事務所まで送りますよ。一人で帰ろうとして電車の中で倒れたら大変ですからね」

「ずいぶん安いお礼だな。せめて交通費を出せよ」

「自販で缶コーヒーでも買って来ますか?」

「どちらにしても安いだろ。俺の存在価値はそんなもんじゃない」

「勝手について来てお礼を貰えるだけありがたいと思ってください。高校生に集って恥ずかしくないんですか? ということでもう行きますよ。夕方になったら乗客が増えそうだし、今のうちに移動したほうがいいです」

「ちょっと待て。その前に鈴が入院している病院に連れて行け」

「は? 病院に行ったって、鈴とは話せませんよ。まだ目を覚まさないんです」

「大丈夫だ。俺が叩き起こしてやる」

「叩くとか、余計に連れて行きたくないですから」

「いいから連れて行け」

「嫌です」

「で、どこの病院だ」

 拓海は絶対教えるものかと思いながら、頭の中でS病院までの道のりを思い浮かべる。その道のりを避けて駅を目指そうと考えた。

「なるほど。S病院だな」

「なんでわかるんだよ。てか、最初から全部わかっていたんだろ。鈴のことを知らないってのも、嘘だったんだろ。あんたはいったい、何者なんだよ。鈴と、どういう関係なんだよ」

 駅名どころか病院の名を当てられて拓海は動揺する。今度こそ西松の正体を暴かなければと思った。一方西松はブランコから立ち上がり、一人で公園を出て行こうとしていた。

「待てよ。鈴との関係を教えなければ、行かせられない」

 拓海は慌てて西松の後を追い、進路を塞ぐ。西松は面倒くさそうな顔をして、煙草の煙を拓海に吹きかけた。

「うわっ! ふざけんなよ!」

「ギャーギャー喚くなよ。大事な妹を助けてやるって言ってんだ。ここは流れに身を任せておけよ」

「任せられるわけがないだろ! あんたになにができるってんだよ。あんたは俺たち家族の状況を楽しんでいるんだろ。俺が不幸なのが嬉しいんだろ。その上更に引っ掻きまわそうとして、マジで何様なんだよ!」

 怒りに任せて拓海は西松の胸倉を掴む。西松はその瞬間煙草を地面に落としていた。

「俺の事務所に飛び込んで来たのはお前だろ。お前が事務所に来なければ、俺だってこんなところに来ていない。これはお前自身で招いた結果だ。そもそもお前の妹だって自業自得だろ。本当はもっと上手く振る舞えたはずだ。俺はちゃんとお前の妹に警告をした。それまでの居場所を失いたくないのならば、他人に悟られるなと。携帯なんぞ捨ててしまえと言ったのに、結局従わないで自滅したってことだろ」

 西松は地面に落ちた煙草を革靴の先で擦り消しながら言う。拓海はゆっくりと西松の胸倉から手を放した。

「……やっぱり、鈴と会ったことがあるんだな?」

「ああ。会ったよ。助けを求められたからな」

「鈴が、あんたに?」

「誰か助けてと大声で叫んでいた。お前の妹は怯えきって、一歩も歩けなくなっていたんだ」

「なんで、だよ。鈴は、いったい、なにに怯えていたんだよ。どうしてよりによってあんたなんかに助けを求めたんだよ」

「妹の悩みに気づけなかったことで自分を責めても無駄だぜ。親でも普通は気づけない。俺だからこそ、その叫びに気づくことができたんだからな」

「なんだよ、それ。全く意味がわからない」

「だろうな。わかろうとしてわかる問題じゃない。とりあえず、病院に行くぞ」

 西松は地面の煙草を拾って、シガレットケースの中に入れる。そして拓海を避けて、今度こそ公園を出た。拓海は西松を行かせていいのか悩んで、しかたなく西松の後を追った。

 西松は病院に到着して、勝手を知った顔で院内を移動する。そしてエレベーターに乗り込んだ。鈴の病室は六階にあることまで知っているのか、その足取りに全く迷いはなかった。
 六〇一号室の前で、西松は一度立ち止まり拓海と目を合わせた。流石にいきなり扉を開けるほどデリカシーがない男ではないようだ。拓海は頷いて、そこが鈴の部屋だと伝えた。
 西松が扉を数回ノックすると、中から返事がした。拓海はその声を聞いて、不味いと思った。

「ちょ、待って!」

 中には母親がいる。母親が西松を見たら驚くだろう。