「それでも、かなり言葉を選びましたよ。ムカつくとか、イラつくとか。普段から面と向かって軽いノリで言い合っているような、ちょっとした悪口でした。そんなやり取りをしていたら、鈴から四人でやっているグループにメッセージが届きました。ふざけんなって一言。それで、私たちは確信しました。鈴は、私たちのメッセージをなんらかの方法で盗み見ているって」
「俺もスタートを利用しているから、仕組みはだいたいわかっている。だけど、他人のメッセージを盗み見る方法なんて知らない。パスワードを盗まれているなら、別だろうけど」
「私たちもパスワードを盗まれていると考えました。だから私たちは、スタートのパスワードを変更して、他の端末からログインできないように設定し直しました。それで改めて三人でやり取りをしていたら、鈴が突然立ち上がって、先生に私たちがスマホを弄っていることをチクったんです。私たちはスマホを没収されて、放課後は罰掃除をやらされました。スマホが返って来たのは一週間後です。その頃にはもう、鈴と仲良くする気なんて失せていました。鈴だって、私たちに近づこうとしなかった。それからしばらくして、鈴は学校に来なくなった」
拓海は亜里沙の話をどう理解すべきか悩んだ。たいして機械に強いわけではなかった鈴が他のグループのやり取りを覗けたとはどうしても思えない。鈴はなんとなく悪口を言われているのを悟って行動に出ただけのような気がした。
「私たちがしていたことって、いじめなんですか?」
亜里沙は真剣な顔で拓海にたずねる。拓海は咄嗟に答えられなかった。
「鈴に謝ってほしいなら、謝りますよ。悪口を言ってごめんって、何度だって謝ります。だけど、鈴とはもう一緒にいられない。以前のように仲良くはできない。私は、鈴が怖いんです」
強気の態度は、弱さを隠す手段だった。話し終えた亜里沙の足は、ガクガクと震えていた。一方で、それまで無関心を貫いていた詩織はようやく携帯電話をポケットにしまって亜里沙の手を取った。
「私は謝りませんよ。鈴が謝ってくれるまで、謝りません」
詩織の凛とした声が辺りに響く。それから詩織は亜里沙の手を引いて公園を去った。拓海は二人を引きとめられずに呆然とその姿を見送った。
二人がいなくなってから、残された知恵に目を向けた。亜里沙の話にショックを受けたのか、知恵の顔色は青白くなっていた。
「今の話、本当なの? 鈴は、他人のスタートのやり取りを盗み見ていたの?」
知恵は詳細を知らないのではないかと思いながら、拓海はたずねずにいられなかった。
「あの、実際にメッセージを盗み見ていたかどうかは、わかりません。だけど、数か月前に、加賀美さんたちが携帯電話を弄っているって、鈴さんが先生に告げ口をしていたのは本当です。突然だったので、他のクラスメートはみんなビックリしていました。私は、四人は喧嘩をしているのかなって思って、だけど鈴さんのやり方は不味いんじゃないかと心配でした。実際、それから四人の関係が元に戻ることはなくて、他のクラスメートは、鈴さんのほうに問題があるって思っているようでした。なにがあったにしても先生に言うのは卑怯だって、みんな言っていました。だから鈴さんが学校に来なくなっても、誰も迎えに行かなかった。私は鈴さんの精神状態が元のように落ち着くのを待つしかないと思っていました。たぶん他の人も同じで、鈴さんがいじめられていたとは誰も思っていなかったと思います」
「今も、いじめはなかったと思う?」
「加賀美さんが言っていた通り、どこからどこまでがいじめなのか、よくわかりません。鈴さんがどうとらえていたかが、重要だと思います」
拓海は知恵から答えを聞いて、ただ頷くしかなかった。
拓海はどこかに鈴を陥れた悪が存在すると思ってここに来た。けれどその設定が崩れて、それまでの鈴へのイメージも崩れてしまった。
拓海と鈴は割と仲が良い兄妹だった。父親がいないこともあり、母親が仕事中は二人で協力し合ってきた。拓海が高校生になって、鈴が中学生になって、それぞれの世界ができて、だんだん一緒にいる時間も減って。それでも二人は兄妹で、前みたいに仲良く出来なくても、心のどこかでは繋がっていられていると拓海は信じていた。そしてお互い割と真っ直ぐに育っていらえていると思っていた。
だけど、今では、よくわからない。
教室での鈴は、いったい誰だ。
亜里沙が話していた鈴は、何者だ。
ひょっとしたら、鈴自身が悪だったのではないかと考えて、拓海は急に吐き気を覚えた。
知恵は拓海の様子がおかしいことに気づいたのか、大丈夫ですかと焦った声で言って背中を擦ってくれた。
吐き気が治まったところで拓海が顔を上げると、西松の姿が目に入った。その周りにはいつの間にか猫が増え、西松はしまりのない顔をしていた。
結局、西松はなぜこの公園までついて来たのか。考えることに疲れた拓海は、しばらくの間ぼんやりと西松を見つめた。
知恵を帰らせて、拓海と西松はそれぞれブランコに座る。
猫は解散して、西松は退屈そうに煙草を吸っていた。
「俺もスタートを利用しているから、仕組みはだいたいわかっている。だけど、他人のメッセージを盗み見る方法なんて知らない。パスワードを盗まれているなら、別だろうけど」
「私たちもパスワードを盗まれていると考えました。だから私たちは、スタートのパスワードを変更して、他の端末からログインできないように設定し直しました。それで改めて三人でやり取りをしていたら、鈴が突然立ち上がって、先生に私たちがスマホを弄っていることをチクったんです。私たちはスマホを没収されて、放課後は罰掃除をやらされました。スマホが返って来たのは一週間後です。その頃にはもう、鈴と仲良くする気なんて失せていました。鈴だって、私たちに近づこうとしなかった。それからしばらくして、鈴は学校に来なくなった」
拓海は亜里沙の話をどう理解すべきか悩んだ。たいして機械に強いわけではなかった鈴が他のグループのやり取りを覗けたとはどうしても思えない。鈴はなんとなく悪口を言われているのを悟って行動に出ただけのような気がした。
「私たちがしていたことって、いじめなんですか?」
亜里沙は真剣な顔で拓海にたずねる。拓海は咄嗟に答えられなかった。
「鈴に謝ってほしいなら、謝りますよ。悪口を言ってごめんって、何度だって謝ります。だけど、鈴とはもう一緒にいられない。以前のように仲良くはできない。私は、鈴が怖いんです」
強気の態度は、弱さを隠す手段だった。話し終えた亜里沙の足は、ガクガクと震えていた。一方で、それまで無関心を貫いていた詩織はようやく携帯電話をポケットにしまって亜里沙の手を取った。
「私は謝りませんよ。鈴が謝ってくれるまで、謝りません」
詩織の凛とした声が辺りに響く。それから詩織は亜里沙の手を引いて公園を去った。拓海は二人を引きとめられずに呆然とその姿を見送った。
二人がいなくなってから、残された知恵に目を向けた。亜里沙の話にショックを受けたのか、知恵の顔色は青白くなっていた。
「今の話、本当なの? 鈴は、他人のスタートのやり取りを盗み見ていたの?」
知恵は詳細を知らないのではないかと思いながら、拓海はたずねずにいられなかった。
「あの、実際にメッセージを盗み見ていたかどうかは、わかりません。だけど、数か月前に、加賀美さんたちが携帯電話を弄っているって、鈴さんが先生に告げ口をしていたのは本当です。突然だったので、他のクラスメートはみんなビックリしていました。私は、四人は喧嘩をしているのかなって思って、だけど鈴さんのやり方は不味いんじゃないかと心配でした。実際、それから四人の関係が元に戻ることはなくて、他のクラスメートは、鈴さんのほうに問題があるって思っているようでした。なにがあったにしても先生に言うのは卑怯だって、みんな言っていました。だから鈴さんが学校に来なくなっても、誰も迎えに行かなかった。私は鈴さんの精神状態が元のように落ち着くのを待つしかないと思っていました。たぶん他の人も同じで、鈴さんがいじめられていたとは誰も思っていなかったと思います」
「今も、いじめはなかったと思う?」
「加賀美さんが言っていた通り、どこからどこまでがいじめなのか、よくわかりません。鈴さんがどうとらえていたかが、重要だと思います」
拓海は知恵から答えを聞いて、ただ頷くしかなかった。
拓海はどこかに鈴を陥れた悪が存在すると思ってここに来た。けれどその設定が崩れて、それまでの鈴へのイメージも崩れてしまった。
拓海と鈴は割と仲が良い兄妹だった。父親がいないこともあり、母親が仕事中は二人で協力し合ってきた。拓海が高校生になって、鈴が中学生になって、それぞれの世界ができて、だんだん一緒にいる時間も減って。それでも二人は兄妹で、前みたいに仲良く出来なくても、心のどこかでは繋がっていられていると拓海は信じていた。そしてお互い割と真っ直ぐに育っていらえていると思っていた。
だけど、今では、よくわからない。
教室での鈴は、いったい誰だ。
亜里沙が話していた鈴は、何者だ。
ひょっとしたら、鈴自身が悪だったのではないかと考えて、拓海は急に吐き気を覚えた。
知恵は拓海の様子がおかしいことに気づいたのか、大丈夫ですかと焦った声で言って背中を擦ってくれた。
吐き気が治まったところで拓海が顔を上げると、西松の姿が目に入った。その周りにはいつの間にか猫が増え、西松はしまりのない顔をしていた。
結局、西松はなぜこの公園までついて来たのか。考えることに疲れた拓海は、しばらくの間ぼんやりと西松を見つめた。
知恵を帰らせて、拓海と西松はそれぞれブランコに座る。
猫は解散して、西松は退屈そうに煙草を吸っていた。