「本能寺で織田信長が・・・?!」

 執務室でその一報を受けた無月は、咄嗟に嵯峨野を思った。
 あれからもう八年になる。嵯峨野が姿を消してから。


 あの頃、如月との戦を終えたばかりで石動は満身創痍の状態だった。負傷した氷凪は意識不明のまま、護りの要、夜見は七人を失っていた。
 先の見えない不安に翻弄される日々。その中で嵯峨野までを手離すことは身を切られる思いがした。

『・・・尾張を追うつもりか』

 如月との停戦調印を終えた夜。執務室を訪れ、突然いとまを告げた嵯峨野に無月から核心をついた。
 久住の一件で石動が織田方に標的にされていると知れた。今、この最悪の状況下で嵯峨野が里を出ると言うのなら、それは信長の暗殺以外ない。
 
『独りでは無理だ』

 きっぱりと言い切った無月に、嵯峨野は僅かに目を伏せる。
 それでも自分には剣だけなのだ。氷凪のために出来ることは他にない。
 夏目の凶刃から護れなかった償いはこの命をもって果たす。
 決意が揺らぐことはなかった。

『・・・すまない』

 静かなその一言で、引き止められないと悟ってもなお無月は諦めない。

『私が本気で止めても・・・か?』

『・・・お前の本気は少し怖いな』

 嵯峨野に切なげな笑みが浮かび、二人は互いを見つめ合った。
 やがて無月が小さく逸らして呟いた。

『お前は夜見の嵯峨野だ、・・・どこにいようと』

 夜見を捨て、血塗られた道を征くのだとしても。

『必ず果たせ。大儀の為に』

 
 嵯峨野は一瞬瞑目し、淡く微笑んだだけだった。


  

 織田信長を手に掛けたのは、嵯峨野であって欲しいとも思う。
 生きては戻らないだろう、彼の友に鎮魂の想いを寄せて。
 無月は障子戸から覗く蒼穹に遠く目を細めた。

「・・・いつかお前が還るのを待っている。百年でも、二百年でも」 

 たとえ石動の地が絶え果て、枯れ野となっても。
 不老のこの身がどう成り果てようとも。

「私はここにいる。氷凪とともに」



 決して。忘れはしない。







【完】