秋 ~始まる~





 十月九日。


「花菜、誕生日おめでとう!」

「ありがとう! 茉優」

「今日は気分良くお祝いしたかったのに、まさかの台風なんてね。っていうか、なんで学校あるのよ。午前中授業じゃなくて休みで良かったんじゃないの?」


 茉優は不機嫌そうに窓の外を睨む。
 校庭の木々が、遠目から見ても揺れているのがはっきりと分かった。放課後は真っ直ぐ帰宅しなければ。


「花菜は誰か迎えに来るの? 私は車だから送っていってあげようか?」

「ううん、大丈夫。ダッシュで帰るから。まだ電車も止まらないだろうしね」


 すると突然、後ろから声が聞こえてきた。


「ふ~ん。じゃあ、俺と帰らない?」

「小野くん」


 声のする方へ振り返ると、雅喜がこちらへ歩み寄ってきていた。
 彼はあの夏祭り以降も態度が変わらない。普段通り、にこにこと華やかに微笑んでいた。


「俺のこと、盾にして歩いてもいいからさ。ね?」

「え、あ……」


 特にこれといって断る理由はないのだが、夏祭りでの彼との出来事を思い出すと、どう返事をしたら良いものかと考えてしまう。


「花菜、遠慮しないで断りなさいよ!こいつと帰るの、台風よりも危ないでしょ!」


 雅喜とのあの出来事の事は、茉優だけには話していた。
 彼女は怒りを宿した眼差しで彼を睨んでいる。


「おお~! 茉優ちゃん、何だか今日は一段と迫力があるんじゃない? どうしたの~?」


 そんな茉優には全く怯むことなく、雅喜は苦笑して軽く流した。


「はい、始めるぞ~」


 英語の松本が、早足で教室へ入ってきて教壇へと上がった。


「じゃあ花菜ちゃん、放課後ね!」

「ちょっと!」

「大丈夫だよ茉優。あれから何もないし、きっと今日も平気だと思う」
「駄目よ! 油断しないで、気を付けて帰ってよね」


 彼女は心配そうに口にしながら席へと戻っていった。