「ラブクエストって知ってるか?」
 大学からの帰り道、新川妙太(あらかわ みょうた)のそんな一言からすべては始まった。


 なんでも思い付きで吹っ掛けてくる友人の彼に、不愛想に
「いや知らない」
 と返すのはいつものことだ。


「今、日本中で流行っている恋愛アプリだよ」
「それって、いわゆる出会い系じゃないか? 俺は絶対にやらないからな」
「早いって。出会い系に対する偏見だろそれは! たしかに悪質な出会い系はあるかもしれないが、このラブクエストは本物だ。社会現象にもなっているアプリで、カップルになる成功率も高いらしい」
「そうなんだ……。俺はいいよ」
「おいおい、想司。お前そんなんじゃ一生そのままだぞ。なんでも行動に移さなきゃ。少しはこうゆうところで学ばないと。だからずっと彼女できないんだよ」
「いや、彼女いないお前に言われたくないな。とにかく、一人でやってみればいいじゃないか」
「…………」
「……一人じゃ心配なんだろ」
「そりゃあ、大親友がいてくれたほうが心強いだろう」
「しょうがない。少しだけだぞ」
 彼女を作ろうと必死になる友人に、俺は気を許してしまった。
 
 妙太はまるで俺とは反対の性格だが、根本的な所が似ているのだろう。大学で常に一緒にいる友達だ。髪を茶色に仕立て、好奇心旺盛で自分勝手で腹立つことが多い彼だが、不器用ですべてが空回りしている所が健気な奴だ。だから俺は溜息を吐きつつも、いまだこいつとつるんでいられるのだろう。
 

 その後、俺と妙太は駅前のカフェに滞在し、『ラブクエスト』のアプリをインストールすると黙々と登録を進めていた。

「プロフィール登録がめんどくさいんだけど」
「がんばれ。これも醍醐味さ。自分を知ってもらうためだ」
「適当じゃだめなのか?」
「馬鹿言ってんじゃないよ! 恋愛でふざけるやつがどこにいる! 四十秒で登録しな!」
「誰!?」

 名前、ニックネーム、年齢など、よくある項目だけでなく、好きなバンドやらゲーム、お気に入りの曲や場所など、気が遠くなるくらいたくさんの情報をそこに記入した。
 いわゆる性格診断のようなものであろうか。趣味や性格をここから解析し、相性の良い相手を見つけやすくする、みたいな。

「よし、登録完了っと」
「……早いな」
「ほほう。可愛い子がたくさんいるぞ」
 
 登録が済んだ妙太の画面をのぞき込むと、そこにはタイムライン上に流れる複数のアイコンがあった。
 丸い枠に収まった自撮りやら二次元の画像、風景画など各自で登録時に決めたものだ。

「とりあえず何かあったら連絡するから、消すなよ。お前も気になる子探してみれば」

 妙太はそんなことを言ってラブクエストの世界にのめり込んでいった。
 俺は二回ほどスクロールをした後、そっと画面を閉じた。
 

 事件が起きたのはその晩のことである。
 
 夕食を終えた俺はソファに座り、妹と一緒にドッキリ番組を眺めていた。
 とある都市伝説を前に、信じるか信じないかはあなた次第ですと言われたら躊躇いなく後者を選択するであろう身でありながら、食べた後にすぐ寝ると牛になるという迷信を律儀に守ってしまっているのは性格によるものか。
 そうはならないだろうと考えながらも、無意識に行動していた。
 
 好きな番組でない限り、十五分ほどで自室に移動するのがいつもの流れである。
 
 ベッドに転がり、今度はSNSタイムだ。
 ひたすら無意味に、そこに流れる情報を目で追った。
 ちょうど、高校時代の友人である田中君の「カレーのキャベツの量これくらいがちょうどいい」という投稿を見た時である。

 スマートフォンの画面が急に暗転し、俺は故障を疑った。

 電源ボタンを押しても反応しないし、充電も関係がなさそうだ。
 すると、再び画面に明りが戻る。

 ほっとしたが、そこに表示されているのは、

「ラブクエスト」
の大きなタイトルロゴ。
 開いた覚えはない。ホームボタンを押しても反応なし。ほぼ強制的に、画面は移り変わった。


 『ラブクエストへようこそ。登録ありがとうございます』