「そうよ。隆司の愛しい愛しい石野樹里よ」
やはり樹里の声だ。
「でも、顔が全然違う」
樹里の顔とアンナさんの顔は似ても似つかない。
「言ったでしょう。詐欺メイクだって。薄化粧はしているけど、今の顔がスッピンに近い顔よ」
「そうなの?」
まだ信じられなかった。
「でも、性格も全然違う」
アンナさんはすごくお淑やかだった。
「私は中学のときに演劇をしてたって言いましたよね。劇でいろんな役をしているうちに、色々な性格の人を演じることができるようになったんです。劇のためのメイクは自分でするので、いろいろなメイクの仕方も覚えました。州の演劇コンクールで主演女優賞を取ったこともあるんです」
アンナさんの声に戻っている。
つまり、アンナさんは石野樹里という役を演じていたっていうことか。
「でも、名前は?」
学校では偽名や役名は使えないでしょう。
「私は二重国籍なんです。アメリカでは、アンナ・ジュリー・タカツで、日本では石野樹里が正式な名前なんです」
そういえば、アンナさんはアメリカで生まれたようなことを母さんが言ってたな。
「じゃあ、僕を騙してたんですね」
許嫁だということを隠して、僕に近づいて笑っていたんだ。
「決して、騙そうと思っていたわけではありません。父に許嫁がいると、突然言われて、そんな知らない人と結婚しろと言われてもどうしたらいいかわからなくて……。どんな人か会いたくなって。でも、私の本来の性格では、知らない人と会うのが怖くて、樹里という気の強い、言いたいことをはっきり言う役になりきらないと会えなかったんです。ごめんなさい。役になりきるためにメイクもして隆司さんと会ってたんです」
住んだこともない国の見たことも会ったこともない男といきなり会うなんて怖かったんだろうな。
その気持ちはなんとなく分かる気がする。
だが……。
「でも、樹里とアンナさんがいくら同じ人だとはとても信じられれません」
あまりにも顔も性格も違いすぎる。いくら演技だと言われてもすぐには信じにくい。
「どうしても信じてもらえないんですね。メイクをしてきます。隆司さんは私より樹里のほうがお好みみたいですから」
少し嫉妬しているような目で僕を見たような気がする。
「申し訳ありませんが、洗面所を借りていいですか?」
優しい声だ。とても樹里と同一人物だとは思えない。
「どうぞ。使ってください」
アンナさんを洗面所に案内する。
「30分ぐらいかかりますけど、待っていただけますか」
アンナさんは今にも消え入りそうな声で話す。
「大丈夫です」
僕が言うと、アンナさんは安心したように洗面所に入った。
本当にアンナさんが樹里に変わるのだろうか?
僕は着替えをしてアンナさんが戻るのをダイニングで今か今かと待った。
アンナさんが洗面所に行って30分ぐらい経った。
「隆司、どう?」
樹里の声がした。声の方を見ると、黒髪の樹里が立っている。
僕は声も出ない。
アンナさんのいうことは本当だったんだ。
「なんて顔してるのよ。わたしに会えて嬉しくないの?」
樹里が怒ったような顔をしている。
「嬉しいよ。樹里。でも、酷いよ。ずっと僕を騙して。婚約者がいるとか嘘を言ってからかってたんだ」
樹里は僕が自分の許嫁だと知っていながら、ずっと騙していたんだ。その上、婚約者がアメリカにいるなんて嘘をついてからかっていたんだ。
「からかってないわよ。隆司が鈍いだけよ。わたしが許嫁だってわかるヒントをあげてたのに気づかないんだもん」
「ヒント?」
そんなものもらってたかな。
「アメリカにパパやお兄ちゃんがいるって言ったし、英語が喋れることも教えてあげたし、そもそも許嫁じゃないと、隆司と付き合おうと思うわけないじゃない」
樹里が大笑いをする。
凄い言われようだ。
「悪かったね。ああそうですよ。全然モテませんよ」
ええどうせそうでしょうよ。
「そんなに拗ねないの。本当のことだから」
樹里は傷口をさらにえぐるようなことを言う。
アンナさんの時とは凄い違いだ。
「それに婚約者がいるのも本当よ」
「やっぱり」
僕はガックリする。どんな婚約者か知らないが、僕が勝てるわけがない。
「何落ち込んでるの。婚約者って、隆司のことに決まっているでしょう」
「僕?」
樹里の言っている意味がわからない。
「他に誰がいるのよ。パパが決めた婚約者って、許婚のことでしょ。全然イケメンじゃないし、カッコ良くもないけど、優しい人って言ったじゃない。隆司のことに決まっているでしょう。この間、ホテルで会った時もわかるように隆司がくれたピアスをつけて行ったのに全然気付かないんだもん。笑っちゃったわよ」
「そうなんだ」
あのアンナさんの耳で揺れていたピアスはやっぱり僕が贈ったものか。よく似てるなあと思ったんだよな。
帰る時、アンナさんの肩が揺れていたのは泣いてたんじゃなくて笑ってたんだ。
「それに卒業旅行の帰りに『また会いましょう』って言ったでしょう」
「そんなこと言った?」
母さんに聞いたら、『さようなら』って意味だと言ってたけど。
「言ったわよ。“Au revoir”はまた会いましょうっていう意味の『さようなら』よ。二度と会わないんなら“A dieu”よ。常識でしょう」
そんな常識知りません。
でも、樹里とまた会えて嬉しい。
もう離したくない。
やはり樹里の声だ。
「でも、顔が全然違う」
樹里の顔とアンナさんの顔は似ても似つかない。
「言ったでしょう。詐欺メイクだって。薄化粧はしているけど、今の顔がスッピンに近い顔よ」
「そうなの?」
まだ信じられなかった。
「でも、性格も全然違う」
アンナさんはすごくお淑やかだった。
「私は中学のときに演劇をしてたって言いましたよね。劇でいろんな役をしているうちに、色々な性格の人を演じることができるようになったんです。劇のためのメイクは自分でするので、いろいろなメイクの仕方も覚えました。州の演劇コンクールで主演女優賞を取ったこともあるんです」
アンナさんの声に戻っている。
つまり、アンナさんは石野樹里という役を演じていたっていうことか。
「でも、名前は?」
学校では偽名や役名は使えないでしょう。
「私は二重国籍なんです。アメリカでは、アンナ・ジュリー・タカツで、日本では石野樹里が正式な名前なんです」
そういえば、アンナさんはアメリカで生まれたようなことを母さんが言ってたな。
「じゃあ、僕を騙してたんですね」
許嫁だということを隠して、僕に近づいて笑っていたんだ。
「決して、騙そうと思っていたわけではありません。父に許嫁がいると、突然言われて、そんな知らない人と結婚しろと言われてもどうしたらいいかわからなくて……。どんな人か会いたくなって。でも、私の本来の性格では、知らない人と会うのが怖くて、樹里という気の強い、言いたいことをはっきり言う役になりきらないと会えなかったんです。ごめんなさい。役になりきるためにメイクもして隆司さんと会ってたんです」
住んだこともない国の見たことも会ったこともない男といきなり会うなんて怖かったんだろうな。
その気持ちはなんとなく分かる気がする。
だが……。
「でも、樹里とアンナさんがいくら同じ人だとはとても信じられれません」
あまりにも顔も性格も違いすぎる。いくら演技だと言われてもすぐには信じにくい。
「どうしても信じてもらえないんですね。メイクをしてきます。隆司さんは私より樹里のほうがお好みみたいですから」
少し嫉妬しているような目で僕を見たような気がする。
「申し訳ありませんが、洗面所を借りていいですか?」
優しい声だ。とても樹里と同一人物だとは思えない。
「どうぞ。使ってください」
アンナさんを洗面所に案内する。
「30分ぐらいかかりますけど、待っていただけますか」
アンナさんは今にも消え入りそうな声で話す。
「大丈夫です」
僕が言うと、アンナさんは安心したように洗面所に入った。
本当にアンナさんが樹里に変わるのだろうか?
僕は着替えをしてアンナさんが戻るのをダイニングで今か今かと待った。
アンナさんが洗面所に行って30分ぐらい経った。
「隆司、どう?」
樹里の声がした。声の方を見ると、黒髪の樹里が立っている。
僕は声も出ない。
アンナさんのいうことは本当だったんだ。
「なんて顔してるのよ。わたしに会えて嬉しくないの?」
樹里が怒ったような顔をしている。
「嬉しいよ。樹里。でも、酷いよ。ずっと僕を騙して。婚約者がいるとか嘘を言ってからかってたんだ」
樹里は僕が自分の許嫁だと知っていながら、ずっと騙していたんだ。その上、婚約者がアメリカにいるなんて嘘をついてからかっていたんだ。
「からかってないわよ。隆司が鈍いだけよ。わたしが許嫁だってわかるヒントをあげてたのに気づかないんだもん」
「ヒント?」
そんなものもらってたかな。
「アメリカにパパやお兄ちゃんがいるって言ったし、英語が喋れることも教えてあげたし、そもそも許嫁じゃないと、隆司と付き合おうと思うわけないじゃない」
樹里が大笑いをする。
凄い言われようだ。
「悪かったね。ああそうですよ。全然モテませんよ」
ええどうせそうでしょうよ。
「そんなに拗ねないの。本当のことだから」
樹里は傷口をさらにえぐるようなことを言う。
アンナさんの時とは凄い違いだ。
「それに婚約者がいるのも本当よ」
「やっぱり」
僕はガックリする。どんな婚約者か知らないが、僕が勝てるわけがない。
「何落ち込んでるの。婚約者って、隆司のことに決まっているでしょう」
「僕?」
樹里の言っている意味がわからない。
「他に誰がいるのよ。パパが決めた婚約者って、許婚のことでしょ。全然イケメンじゃないし、カッコ良くもないけど、優しい人って言ったじゃない。隆司のことに決まっているでしょう。この間、ホテルで会った時もわかるように隆司がくれたピアスをつけて行ったのに全然気付かないんだもん。笑っちゃったわよ」
「そうなんだ」
あのアンナさんの耳で揺れていたピアスはやっぱり僕が贈ったものか。よく似てるなあと思ったんだよな。
帰る時、アンナさんの肩が揺れていたのは泣いてたんじゃなくて笑ってたんだ。
「それに卒業旅行の帰りに『また会いましょう』って言ったでしょう」
「そんなこと言った?」
母さんに聞いたら、『さようなら』って意味だと言ってたけど。
「言ったわよ。“Au revoir”はまた会いましょうっていう意味の『さようなら』よ。二度と会わないんなら“A dieu”よ。常識でしょう」
そんな常識知りません。
でも、樹里とまた会えて嬉しい。
もう離したくない。