「僕には好きな人がいます。つい最近まで付き合っていました。その子のことがどうしても忘れられないんです」
僕は一気に言った。
「ほう。そんな子がいたとは。で、隆司君はその子と結婚したいと思っているのかね?」
高津さんが顔色一つ変えず聞いてくる。
「僕はそう思っていますが、その子には婚約者がいます。だから、結婚は無理かもしれません」
「では、諦めた方がいいのではないかな」
高津さんは常識的なことを言う。
「でも、諦めきれないんです。今、アメリカにいるその子が結婚したことをこの目で見るまでは……」
樹里は結婚しないかもしれないようなことも言っていた。
「その子のことは私も知っています」
母さんが口を開いた。
「どんな子ですかな」
高津さんが興味ありげに聞く。
「その子は石野樹里さんと言います。アンナさんと違ってかなり元気のいい子で、はっきりものを言いますし、アンナさんのようにお淑やかでも礼儀正しくもありません。ただ、隆司のことをすごく好きだというのは見ていてわかりました。隆司も樹里さんが好きなことは親の目にもわかっていました。それに樹里さんのおかげで、隆司はマナーや女性の接し方とかいろいろ勉強できたようですし」
母さんが僕を見てニコッと笑った。
「ほーっ、石野樹里というんですか。ほうー。石野樹里さんですか」
高津さんが何度も頷き、アンナさんの方に意味ありげな視線を送っているような気がする。
「でも、その子はアメリカにいるとか。居場所は分かっているんですか?」
当然の疑問だ。
「石野さんが連れて行ってくれたフレンチレストランは家族の方も常連みたいなので、そこで何かわからないかと思っているんです」
樹里が連れて行ってくれたフレンチレストランはお兄さんが予約してくれていたし、スタッフの人は樹里のことをよく知っているようだった。
「なるほど」
高津さんは何か考えているような顔になった。
「ごめんなさい。アンナさん。隆司は樹里ちゃんのほうがいいみたいなの」
母さん、その言い方なんかおかしくない?
まるでアンナさんが樹里のことを知っているような言い方に聞こえるんだけど。
「……」
アンナさんは俯いたまま何も言わない。
「もし、その石野樹里という子が隆司君と結婚したいと言ってきたら、結婚させるおつもりはおありですか?」
今まで黙っていたアンナさんのお母さんが口を開いた。
「はい。隆司がその気みたいですし、私も主人も樹里ちゃんなら隆司の嫁になってもらってもいいと思っています」
「そうですか」
奥さんは黙って、娘の方を見た。アンナさんは下を向いたままだ。
「アンナさん、すみません」
僕はアンナさんに向かって頭を下げた。
「隆司君がそういう気持ちなら仕方ありません。アンナとのことは諦めます。だが、隆司君がアンナと結婚した時に、お譲りするつもりだった会社の株式の10%と100万ドルの小切手は受け取ってください」
高津さんが母さんを見る。
「それはできません。私は実家から勘当されて、両親が亡くなったときに、相続放棄の手続きも済ませています。高津様からいただくものは何もありません」
母さんは毅然として言い放った。
親を捨て、財産も捨てて、父さんとの愛を取った母さんの強さを見たような気がした。
「そうですか。では、隆司君が結婚する時に、一族の者として結婚祝いをしたら、それは受け取っていただけますか?」
諦めきれないように高津さんが言った。
「常識的な範囲のもでしたら、もちろんいただきます」
母さんが笑顔で答える。
「では、そのように考えさせていただきます」
高津さんは納得したようだった。
「今回のことは申し訳ありませんでした。主人は明日は休みが取れるようなことを申しておりましたので、お詫びかたがたお伺いします」
母さんが立ち上がって頭を下げた。僕も慌てて立ち上がり頭を下げる。
「お詫びなどいりませんが、一度ぜひご主人とはお会いしたかったので、いらしてください。部屋番号は秘書に聞いてもらえば分かりますから」
高津さんは母さんと握手した。
「アンナさん、本当にすみませんでした」
僕はもう一度アンナさんとお母さんに頭を下げた。
アンナさんは顔をうつ向けたまま肩を揺らしている。
泣いているんだろうか。
僕は申し訳なさでいっぱいになる。
「では、失礼いたします」
母さんが挨拶して部屋を出て行く。僕も高津さんに頭を下げて、母さんの後をついて出た。
帰りも高津さんのリムジンで送ってもらった。
リムジンの中では、僕も母さんもずっと無言だった。
さすがにリムジンで家の前まで行くのは近所の目もあるので、近くの道路で降ろしてもらう。
家に帰ると僕は母さんに頭を下げた。
「ごめんなさい。母さんたちが決めたことを断ってしまって」
「いいのよ。分かっていたから。樹里ちゃん、キレイだし、面白いもんね」
母さんはなんでもないように言う。
でも、母さんの本心だろうか?
夜、家に帰ってきた父さんにも謝った。
「お前の一生だ。父さんや母さんに気兼ねする必要はないよ」
父さんも母さんも優しい。
翌日、父さんと母さんは高津さんのところへ謝りに言ってくれた。
だが、謝りに行ったはずが、父さんは上機嫌で帰ってきた。
「高津さんはすごくいい人だね。これからも親戚付き合いをしたいと言われたよ」
そうか。高津さんは母さんと同じ一族だもんな。
そうなるとこれからもアンナさんと会う機会があるのかな。
なんとなく気が重いな。
僕は一気に言った。
「ほう。そんな子がいたとは。で、隆司君はその子と結婚したいと思っているのかね?」
高津さんが顔色一つ変えず聞いてくる。
「僕はそう思っていますが、その子には婚約者がいます。だから、結婚は無理かもしれません」
「では、諦めた方がいいのではないかな」
高津さんは常識的なことを言う。
「でも、諦めきれないんです。今、アメリカにいるその子が結婚したことをこの目で見るまでは……」
樹里は結婚しないかもしれないようなことも言っていた。
「その子のことは私も知っています」
母さんが口を開いた。
「どんな子ですかな」
高津さんが興味ありげに聞く。
「その子は石野樹里さんと言います。アンナさんと違ってかなり元気のいい子で、はっきりものを言いますし、アンナさんのようにお淑やかでも礼儀正しくもありません。ただ、隆司のことをすごく好きだというのは見ていてわかりました。隆司も樹里さんが好きなことは親の目にもわかっていました。それに樹里さんのおかげで、隆司はマナーや女性の接し方とかいろいろ勉強できたようですし」
母さんが僕を見てニコッと笑った。
「ほーっ、石野樹里というんですか。ほうー。石野樹里さんですか」
高津さんが何度も頷き、アンナさんの方に意味ありげな視線を送っているような気がする。
「でも、その子はアメリカにいるとか。居場所は分かっているんですか?」
当然の疑問だ。
「石野さんが連れて行ってくれたフレンチレストランは家族の方も常連みたいなので、そこで何かわからないかと思っているんです」
樹里が連れて行ってくれたフレンチレストランはお兄さんが予約してくれていたし、スタッフの人は樹里のことをよく知っているようだった。
「なるほど」
高津さんは何か考えているような顔になった。
「ごめんなさい。アンナさん。隆司は樹里ちゃんのほうがいいみたいなの」
母さん、その言い方なんかおかしくない?
まるでアンナさんが樹里のことを知っているような言い方に聞こえるんだけど。
「……」
アンナさんは俯いたまま何も言わない。
「もし、その石野樹里という子が隆司君と結婚したいと言ってきたら、結婚させるおつもりはおありですか?」
今まで黙っていたアンナさんのお母さんが口を開いた。
「はい。隆司がその気みたいですし、私も主人も樹里ちゃんなら隆司の嫁になってもらってもいいと思っています」
「そうですか」
奥さんは黙って、娘の方を見た。アンナさんは下を向いたままだ。
「アンナさん、すみません」
僕はアンナさんに向かって頭を下げた。
「隆司君がそういう気持ちなら仕方ありません。アンナとのことは諦めます。だが、隆司君がアンナと結婚した時に、お譲りするつもりだった会社の株式の10%と100万ドルの小切手は受け取ってください」
高津さんが母さんを見る。
「それはできません。私は実家から勘当されて、両親が亡くなったときに、相続放棄の手続きも済ませています。高津様からいただくものは何もありません」
母さんは毅然として言い放った。
親を捨て、財産も捨てて、父さんとの愛を取った母さんの強さを見たような気がした。
「そうですか。では、隆司君が結婚する時に、一族の者として結婚祝いをしたら、それは受け取っていただけますか?」
諦めきれないように高津さんが言った。
「常識的な範囲のもでしたら、もちろんいただきます」
母さんが笑顔で答える。
「では、そのように考えさせていただきます」
高津さんは納得したようだった。
「今回のことは申し訳ありませんでした。主人は明日は休みが取れるようなことを申しておりましたので、お詫びかたがたお伺いします」
母さんが立ち上がって頭を下げた。僕も慌てて立ち上がり頭を下げる。
「お詫びなどいりませんが、一度ぜひご主人とはお会いしたかったので、いらしてください。部屋番号は秘書に聞いてもらえば分かりますから」
高津さんは母さんと握手した。
「アンナさん、本当にすみませんでした」
僕はもう一度アンナさんとお母さんに頭を下げた。
アンナさんは顔をうつ向けたまま肩を揺らしている。
泣いているんだろうか。
僕は申し訳なさでいっぱいになる。
「では、失礼いたします」
母さんが挨拶して部屋を出て行く。僕も高津さんに頭を下げて、母さんの後をついて出た。
帰りも高津さんのリムジンで送ってもらった。
リムジンの中では、僕も母さんもずっと無言だった。
さすがにリムジンで家の前まで行くのは近所の目もあるので、近くの道路で降ろしてもらう。
家に帰ると僕は母さんに頭を下げた。
「ごめんなさい。母さんたちが決めたことを断ってしまって」
「いいのよ。分かっていたから。樹里ちゃん、キレイだし、面白いもんね」
母さんはなんでもないように言う。
でも、母さんの本心だろうか?
夜、家に帰ってきた父さんにも謝った。
「お前の一生だ。父さんや母さんに気兼ねする必要はないよ」
父さんも母さんも優しい。
翌日、父さんと母さんは高津さんのところへ謝りに言ってくれた。
だが、謝りに行ったはずが、父さんは上機嫌で帰ってきた。
「高津さんはすごくいい人だね。これからも親戚付き合いをしたいと言われたよ」
そうか。高津さんは母さんと同じ一族だもんな。
そうなるとこれからもアンナさんと会う機会があるのかな。
なんとなく気が重いな。