中に入ると、玄関は広く、シューズクローゼットまである。
 玄関から奥に向かって廊下がずっと続いており、正面一番奥に1つ、左右に2つずつのドアが見える。
「ちょっと待ってて」
 樹里は靴を脱いで中に入ると、右側にある一番手前のドアを開けて、中に入り、雑巾を持って戻ってきた。

「これで足を拭いてから入って」
 僕に雑巾を渡すと、また同じ扉を開けて中に入っていく。
 靴と靴下を脱いで裸足になって足を雑巾で拭いてから中に入った。
 しばらく待っていると、樹里が出てきた。

「風邪を引くといけないから先にシャワーを浴びて」
 出てきたばかりのドアを指す。
「樹里が先に入ったら?」
 女の子が先だろう。
「私の後に入る気? イヤらしいわね。ぐずぐず言わないで先に入ってきなさい!!」
 樹里が鬼のような形相になって怒った。

「ごめん。じゃあ先に入る」
 なぜ樹里が怒り出したのか分からないが、あまりの剣幕に恐れて、中に入る。
 6畳の僕の部屋の2倍以上もありそうなパウダリールームになっていた。
 洗面台も大きく、シャワーヘッドがついていて、頭も洗えるようになっている。洗濯機や乾燥機も置いてあり、着替えなどが置けるラックまであった。
 携帯や財布が入っているウエストポーチを外し、ラックの上に置いた。

「服や下着なんかはこれに入れて。後で乾燥させとくわ」
 樹里が入ってきて、乾燥機を指差す。
「わかった。入れとく」
 樹里が出て行くと、服を脱ぎバスルームに入った。

 バスルームも大人3人ぐらいは余裕で入れそうな広さだ。
 バスラックには真新しいボディタオルやボディーシャンプー、シャンプー、リンス、トリートメントなどが置いてある。
それらを使い、シャワーで体と頭を洗った後、ふと排水口を見ると、髪の毛やムダ毛が溜まっていた。
 それを見てなぜ樹里が怒ったか想像でき、赤面した。
 僕はなんてデリカシイのない人間だろう。自己嫌悪に落ちそうだ。

 洗い終えて、バスルームから出たとき、重大なことに気がついた。
 僕は着替えを持っていない。
 乾燥機に服や下着を入れてしまった。
 どうしよう。まさか裸で出ていくわけにはいかない。

 乾燥機から服を取り出そうかと思ったが、ふとラックを見ると、バスタオルとガウンが置いてある。
 気を利かせて樹里が置いてくれたのだろう。
 裸の上にガウンを羽織るのはなんだか恥ずかしいが、この際そんなことは言ってられない。
 バスタオルで体を拭いて、ピンク色のガウンを羽織った。

 ガウンのサイズは大きく、足がすっかり隠れてしまい、引きずるような感じになるが、フカフカして暖かい。
 これは樹里のだろうか?
 たぶん、クリーニングをしたものを貸してくれたのだろう。
 僕が裸の上に着たものなんか、もう二度と着たくないだろうから買い取るしかない。
 高そうに見えるが、いくらぐらいするんだろう。母さんに借りないといけないが、なんと言って借りよう。
 頭がだんだん痛くなってきた。

 ウエストポーチを手に持ち、ドアを開けて廊下に出ると、一番奥のドアが開いていた。
 入れということだろうか。
 入って行くと、30畳はあるリビングダイニングで、左側には革張りのいかにも高そうなソファーとローテーブルがあり、右側には、木製の天板がオシャレなダイニングテーブルとイスがあった。
 ローボードの上に80インチぐらいありそうな大型テレビが置いてある。

 樹里の姿はどこにもなかったが、ローテーブルの上に『出てきたら、電話して』というメモが置いてあった。
「もしもし」
 すぐに樹里が出た。
「出たけど」
「今、リビング?」
「うん」
「今からシャワーを浴びるからドアを閉めてテレビでも見ていて」
 樹里はおそらく自分の部屋にでもいるのだろう。

「わかった」
「覗いたら殺すからね。それと、他の部屋を見たり、置いてある物に手を触れたら許さないから」
 脅すような声が聞こえてくる。

「絶対覗かない。物に手を触れたりしない」
 僕が誓うと、電話が切れた。
 すぐに飛んでいって廊下との境のドアを閉めた。
 あの声は本気だ。

 すごく座り心地のいいソファーに座って、ローテーブルの上のリモコンに手を伸ばして、テレビのスイッチを入れる。
 子供のように小さくされた高校生が推理をするアニメ番組をやっていた。アニメはほとんど見ないが、このアニメだけは好きなので、大体毎週見ている。
 最初は夢中で見ていたのだが、そのうち走ったり、シャワーを浴びたりしたためかだんだん瞼が重くなってきて、いつのまにか眠っていた。