家に帰る途中でメールの着信音が鳴った。携帯を見ようかと思ったが、僕はそのまま見ずに家に帰ることにした。
 ここまできたら自分の目で確かめたい。
 家に入ると、すぐにダイニングに向かう。
「来たわよ」
 母さんがテーブルの上を指す。
 大きい封筒だ。深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから封をハサミで切る。
「合格」
 の文字が目に飛び込んできた。
「ヤッタア!!」
 大声をあげた。
「よかったね」
 母さんがホッとした顔をする。
 これで春から大学生だ。

 夕食は合格祝いということで豪華だった。
 母さんは寿司屋さんで大トロや鯛の握りが入っている盛り合わせの寿司桶を取ってくれ、さらに『合格おめでとう』と書かれたホールケーキまで買って来てくれた。
 父さんは丸ごと一匹のローストチキンを買って帰ってきた。
父さんと母さんは心から僕の合格を喜んでくれる。
今までに味わったことがない豪華なご馳走を堪能した。

 夕食が終わり、部屋に戻ると樹里に電話をした。
合格できたのも樹里のお陰と言っても言い過ぎではない。
 樹里が新聞の記事の話をしてくれと言わなければ、毎日新聞を読むことがなかっただろう。もし、新聞を読んでいなかったら、あの小論文には相当苦戦していたと思う。
 携帯に電話したが、なかなか出ない。切ろうかと思った時に樹里の低い声がした。

「もしもし」
「樹里?」
「うん」
「合格した」
 一瞬間があった。
「そう。おめでとう」
 ほとんどなんの感情もこもっていない声だ。
「樹里のお陰だよ」
「どうして?」
 不思議そうに聞き返してくる。
「樹里が新聞の記事の話をしてと言ってくれたお陰だよ。樹里に話した事と同じようなテーマの問題が出たんだ。だから小論文を上手く書けたと思う。本当にありがとう。感謝しているよ」
 涙が出そうになる。
「偶然よ。よかったわね」
 声はいつもどおりだが、何となく喜んでくれているような気がする。
「うん。ありがとう」
「じゃあ、また明日」
 樹里がもう要件は終わったよねという感じで言った。
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
 僕は電話を切った。
 樹里は僕と嫌がらせで付き合っているかもしれない。僕も樹里とイヤイヤ付き合っていたつもりだが、だんだんと樹里の存在が僕の中で大きくなってきているような気がする。
 早く振ってくれないだろうか。
 このまま続いたら、樹里のことを好きになってしまうかもしれない。

 合格発表の翌日は清々しい気持ちで授業を受けることができた。
今までの暗い気持ちが嘘みたいだ。
昼休みになると、樹里がテニスコートのベンチまで僕を引っ張って行く。
「うわぁー。すごいご馳走だ」
 いつもは弁当箱一つだが、今日は二つある。弁当箱を開けると、一つにはオムライスだ。上の卵焼きには合格おめでとうとケチャップで書かれている。
 もう一つにはおかずが入っており、エビチリ、フレンチドレッシングがかかっているサラダ、鯛の煮付け、そしてステーキまで入っている。僕が今まで美味しいと言ったものがみんな入っているような気がする。

「合格祝い。いっぱい作ってあげたから全部食べてよ」
 樹里が脅すように言う。なぜそんな脅すように言うんだ。
「このステーキすごく柔らかい。高かったんじゃないの?」
 この肉は絶対いい肉だ。口の中で蕩けそうな感じがする。
「大丈夫よ。昨日、私が食べた残りを使って作ったから。わざわざ隆司のために買ったものじゃないわ」
 食べ残しと聞こえて、思わず樹里の赤いルージュを引いた唇を見た。
 あの唇で食べた残り?

「今、私の唇を見たでしょう? いやらしい。食べ残しじゃないわよ。夕食に使った残りの肉を使ったていう意味だからね。なんか変なこと考えてたでしょう? 見かけによらずいやらしいのね」
 揶揄うような目で僕を見る。
「そんなこと考えてないよ」
 顔が真っ赤になった。
 お弁当を残さず全部平らげた。もうお腹いっぱいでなにも入らない。
 こんな豪華で美味しいお弁当を作ってくれるカノジョがいるなんてなんと幸せ者なんだろう。
「すごく美味しかった。作るの大変だったんじゃない?」
 これだけのものを作ろうと思ったら、相当な手間ひまがかかったんじゃないかな。

「大丈夫よ。これぐらいなんでもないわ」
「ありがとう。最高のお祝いだよ」
 心からお礼を言った。
「気にしなくていいわ」
 樹里が微笑んだ。
「そろそろ行こう」
 お弁当の量が多かったので食べるのに時間が掛かってしまった。
「そうね」
 樹里も立ち上がり、並んで歩く。
 こっそり樹里の整った横顔を盗み見る。
 駄目だ。美人すぎる。僕は樹里のことが好きになり始めている。 
 どうしよう。