「それでどうして僕の許嫁が出てくるのか全くわからない」
「最後まで聞きなさい」
 父さんがまた話し出した。
「母さんは一人っ子だった。実家の跡を継ぐのは母さんしかいない。田舎の旧家っていうのは、色々しがらみがあるみたいでね。お前のお祖父さんは家を守るために、分家の中から母さんよりも少し歳上の人を許婚に選んでいたんだ」
 田舎の旧家では先祖代々受け継いだ土地や財産が一族の外に出ないようにするために一族同士で結婚する風習が残っているところもあるということをテレビか何かで見たことがある。

「ところが、私はそんなことを知らないものだから、大学のサークルで一緒だったお父さんともう付き合っていたの。大学を卒業したら東北に来ると、お前のお祖父さんは思っていたみたいなんだけど、大学卒業をしても東京でそのまま就職したもんだから、激怒されたわ」
 それはそうだろうな。大学に通うために残ったんだから、卒業したら当然自分たちのもとに来ると、お祖父さんやお祖母さんが思っても不思議ではない。

「お前のお祖父さんは許嫁がいるからすぐに仕事を辞めて、東北に来て結婚しろって言ったわ。でも、私は父さんのことが好きで、結婚したいと思っていたから、好きな人がいるからそんな会ったこともない人と結婚できないって言ったの。そしたら、お前のお祖父さんはそんな勝手なことをするならお前は勘当だ。二度と家の敷居を跨ぐことは許さんって怒り出したのよ。私も頭にきちゃって、どうぞ勘当してくださいって言ってやったの。そしたら本当に勘当になっちゃた」
 母さんが寂しそうに笑った。
 そりゃあそんなことを言ったら勘当になるよな。

 まだ、ほんの子どもだった頃、お祖父さんとお祖母さんが亡くなったときに、母さんはお葬式にも行かなかったと聞いて、自分の親が死んだのにお葬式にも行かないなんて薄情な人だと思ったけど、そんな事情があったんだ。

「へえー、母さんは財産も親も捨てて父さんを選んだんだ」
 どうしてお嬢様育ちの母さんが苦労することがわかっていながら、勘当までされて僕と同じように真面目だけが取り柄の安月給の公務員の父さんと結婚したのか不思議で仕方がない。
よっぽど惚れてたんだね。

「そりゃそうよ。住んだこともない東北で全く会ったこともない人と結婚して暮らすなんて嫌よ。それに父さんはすごく優しいし、父さんのことを愛してたから、離れて暮らすなんてその時はもう考えられなかったもの」
「私も可愛い母さんと離れて暮らすなんて考えられなかったよ」
 二人は見つめ合って顔を赤くする。僕はなんだか気恥ずかしくなってきた。

「それからどうなったの?」
「お前のお祖父さんは母さんを勘当すると、その許婚だった人を養子にして一族の女性と結婚させて家を継がすことにしたらしいんだけど、その許婚の人は単に養子になったら、まるで人の家の財産を乗っ取ったようで寝覚めが悪いから、養子になることを断ると言ってきたらしい」
「へえー、すごい人だね」
 何もせずに財産が転がり込んでくるんだったら、僕なら喜んで養子になるだろう。それを断るなんてすごい人だと思った。

「そうだな。筋を通す人だと思うよ。そこで困ったお前のお祖父さんは将来的に母さんの子どもとその養子の人の子どもとを結婚させて、財産の半分を継がせたら、乗っ取ることにはならないんじゃないかと言って説得したそうだ」
 そんな勝手な話を本人たちのいないところでよく決めれるな。

「それで相手の人は納得したんだ」
それで納得できるのかな?
「そうみたいだな。結婚前に一度だけお前のお祖父さんが父さんに会いに家に来たことがある。母さんの勘当を止めるわけにはいかないが、この条件を呑むんだったら、結婚だけは許してやると言われた。子どもができるかどうかもわからないし、将来、子どもが誰を好きになるかもわからないのにそんな約束はできないと言ったら、それならどんな手を使ってでも母さんとは結婚させないと、怒鳴られた。母さんの実家は大変な金持ちだ。どんな手を使って邪魔されるかわからない。どうしても母さんと結婚したかった。それで仕方なく承諾して、念書を書いた」
「母さんもそれで納得したの?」
 母さんを見た。

「仕方なかったのよ。どうしても父さんと結婚したかったから」
「信じられない」
 自分は顔も知らない人と結婚したくないとか言っておきながら、息子にはそんな結婚をさせても心が痛まないのかね。

「それに、まさかそんな約束を相手の人がいつまでも覚えているとは思っていなかったし。まあ、その場凌ぎというか」
 母さんは申し訳なさそうな顔で僕を見る。そんな顔で見られても、結局、相手はその場凌ぎとは思っていなかったわけだよね。

「はあー、じゃあ僕は会ったことも見たこともないその人の子どもと結婚して、東北で暮らさないといけないというわけなんだ」
 納得できたわけじゃないが、僕に許嫁がいるという意味はわかってきた。

「東北へ行く必要はないわ」
 母さんが首を横に振った。
「どうして?」
 今の話の流れでいけばそういう話になるでしょう。

「それがちょっと複雑な話になってきたんだ」
 父さんが腕組みをする。
 今でも十分複雑なんだけど。もう訳がわからない。