放課後、約束どおり一緒に帰るためにD組の教室に行くと、樹里が教室を出て行こうとしていた。
「どこか行くの?」
「ごめん。先生に呼ばれたの。校門のところで待ってて」
「わかった」
 校門で待っていると、この間の1年生のおさげの女子が近づいてきた。

「委員長。この間はありがとうございました。お陰で石野先輩が当番に来てくれました」
 ペコンと頭を下げる。
「石野さんはちゃんとやってた?」
 まさか下級生の前で『樹里』と呼び捨てにするわけにはいかない。

「石野さんはいい人ですね。今まで来なかったことを謝ってくれて、『サボってたから、次から私一人でやるから来なくていいよ』とまで言ってくれたんです。仕事も早いし、一回説明しただけで全部覚えて、ほとんど一人でやってくれて。頭のいい人だなと思いました」
 樹里をいい人とか頭がいい人とか呼ぶ女子がいるとは思っていなかったので、びっくりした。

「そう。それは良かったね」
「でも、どうして、石野先輩の評判があんなに悪いのか不思議なんです」
 不思議そうな顔をする。

「まあ見た目もあんな感じだし、人のカレシを取ったとか言われてるし、授業態度もあまり良くないみたいだから」
 樹里にこんなことを聞かれたら、殴られるな。
「私、入学前に石野先輩に会ってるんです」
「どこで?」
 樹里からそんな話を聞いたことがない。

「ここの入試を受ける時に、一緒に受ける人たちとの待ち合わせ時間に遅れてしまって……待ち合わせ場所にはもう誰もいなくて、一人で行こうとしたら道に迷ってしまったんです」
 うちの学校は大通りに面しているわりに、結構複雑な道なんだよな。

「もう間に合わないと思って、涙を流しながら歩いていたら、石野先輩に会ったんです。見た目で怖いなと思っていると、『どうしたの?』って聞いてくれて、事情を説明したら、『うちの学校だよ』って言って道案内してくれて」
 へえ、意外といいところあるじゃないか。

「歩いている間も自分の学校がどんなにいい学校か話してくれて、『絶対大丈夫だから、頑張りなよ』って言ってくれたんです。すごい緊張してたんですけど、そう言われてなぜかホッとして緊張がほぐれた感じがして、お陰で合格できました。お礼を言いたかったんですけど、名前を聞かなかったんで、どこにいるか分からなくって……一度、廊下で見かけたんで声をかけようと思ったら、『あの人、評判悪いから近づいたら駄目だよ』って友だちに言われて、それで声をかけられなくって」
 すごく申し訳なさそうな顔をする。

「石野さんは女子には嫌われているからね」
「でも、あんな優しい人がそんなことないとは思ったんですけど……それで一緒の図書委員で当番も同じと知って、あの時のお礼を言おうと思ってたんです。だけど、委員会も当番にも来ないから……別に一人で当番をしても苦じゃなかったから黙っていようかと思ったんですけど、どうしてもお礼が言いたくて……」
 樹里が当番に来なかったのは事実だし、それは仕方ないんんじゃないかな。

「お礼は言えたの?」
「はい。でも、覚えてもらってなかったみたいで。だけど、『合格できてよかったね』って言ってくれたんです」
「よかったね」
「ありがとうございました。お先に失礼します」
 帰っていくおさげの女子の背中は妙に嬉しそうに見えた。
 今の話を聞いていると、いろんな噂を聞いて樹里のことを偏見をもって見ているだけで、本当は優しいのかもしれないと思えてくる。