♪side:樋口翔太

「両思いの流れ星も、すれ違って消える運命にあるんだ」

僕は今までみんなと会話したルーズリーフを全部持っている。未咲さんに持っていかれちゃったものを除いてはだけど。いつか僕が死んだとき、誰か棺桶に入れてくれるだろうか。まぁ別にそれはいい。問題は未咲さんから貰った手紙をどうするかなんだよな。あんなに真っ直ぐな気持ちを綴って、伝えてくれた紙をよもや捨てるわけにいかない。
翼さんに気持ちは届かなかった。好きな人に告白してフラれてしまったとして、その気持ちが偽物になるわけじゃないって分かってても疑ってしまうんだ。だから僕のことを好きな未咲さんと僕が好きな翼さんとどちらが魅力的に見えるかと聞かれたら、少し前の僕ならもちろん翼さんだと答える。でも今はその好きという気持ちがなんだか揺れ動いてしまいそうで怖くて仕方が無い。同じ重さの分銅が乗った天秤みたいに、ちょっとした事で未咲さんの方に傾いてしまうかもしれないんだ。そうなったら僕はきっと、もう翼さんの顔を見ることはできなくなる気がする。というか、人の気持ちとかそんな様なものを天秤に載せること自体間違ってるとは思うのだけれど。それをしようとした僕はなかなかのクズなのだろうけど。
翼さんにだけ知ってほしいことがあって、翼さんにだけ見せたい僕がいて、翼さんにだけ気づいてほしいことがあって、翼さんだけは許せる僕がいて、翼さんとだけ叶えたい願いがあった。翼さんと見たい未来のためにただ、今を生きてることが楽しかった。
今の翼さんを見ているのか翼さんとの思い出を見ているのか分からなくなって好きでいることを迷ってる。でも諦めたくないし、なんならずっと一緒にいたいとも思う。だから真っ直ぐ今を、現実を見つめるんだ。
つまるところ、僕にとっての翼さんはどっかの授業で聞いたオリオン座のベテルギウスなんだ。とても綺麗に輝くくせに、もう存在しない。だから届かない。そんな悲しい存在なんだ。確かにそこに、あるように見えるのにね。
翼さんの事を考えていて、不意に涙がこぼれて、友達に昔質問されたことを思い出した。どうして「涙」って字はさんずいに戻るって書くんだろうね。なんて。僕はとりあえず思いついた適当な答えを伝えた。
「多分さ、過去に何があっても戻れなくて悲しくて悔しくて流れるから涙って字になったんじゃない?」
「それじゃ、戻りたくないと思ってる人は涙を流さないのかな?」
一言で論破された。確かにそうだ。過去なんかに戻りたくないと思ってる人だっているだろう。結局聞かれたことに対して自分に当てはめて答えただけだったことがすぐにバレた。だから僕はいつまでも弱い。
その質問を投げかけた友達だった人の事はもう顔も覚えていないけど、言葉だけはしっかりと覚えている。あれほど心に響くというか、心に残る言葉は今まで無かったからだった。
「君は一人じゃないって簡単に言ってさ、勝手に俺の寂しさを埋めてる気になってんじゃねぇ。お前に俺の何がわかるんだよ」
って、そう言われて気づいた。きっと彼を傷つけたのは、彼を捨てた女の子じゃなくて、彼自身でもなくて、きっと僕だった。紙に書いた「君は一人じゃない」って言葉ごと全てを燃やし尽くしてしまいたくなるくらいに悲しい気持ちになった。きっとこれが偽善っていうんだな。なんて思ったりして。
そんな傷だらけの心にまっすぐ突き立てられた銀色に輝くナイフを抜いて、癒してくれる人が僕にもいればよかったのかな。あいにく、そんな人はいなくて、いてほしいとも思えなくて。でも、もしそんな人が現れるとすれば翼さんであってほしいと思ったりして。そんな小さなことも結びつけて考えてしまうあたり、本当に翼さんのことが好きなんだと思う。
だからこそ辛い。何日経てば翼さんに会いたくてたまらない日が来なくなるんだろう。一年か、五年か。それともそれ以上か。何十光年先の星から光が届くより長いのかもしれない。結局、流れ星はすれ違って消える運命にあるのかな。