♪side:雪乃原未咲 始業式
「なくしてしまったパズルの一ピースを探すような恋は嫌だったんだ」
この学期が終われば私達は卒業。みんなバラバラの道を歩き始める。寂しくはないと思う。多分ウソ。本当は寂しいよ。
私には好きな人がいる。同じクラスで、耳がほとんど聞こえないけど、とてもかっこいいし、筆談だからって理由もあるのかな。彼が紡ぐ言葉はとても美しいと思う。彼は叙情的な小説を紡ぐみたいに文章を書く。周りはあんまり理解してくれなさそうだから言わないんだけど。
どんなに頑張っても届かない想いとか声があったり、どんなに努力してもどうしても理解できない部分や好きになれない部分ってあると思う。でもそんなのあって当たり前だと思うし、むしろ全部わかっちゃったらつまんないと思うからあの人のちょっと嫌いな“マイナスな部分”も全部大好きだって言えたらいいよね。
そんな彼に告白すると決めたのは今日の朝で、告白する日は卒業式の日にした。三年間の思い出とともに気持ちにケリをつけようと決めた。でもやっぱり今はまだ言わない。というか言えない。今伝えてフラれたらあと三二ヶ月ちょっとがとてつもなく気まずいものになってしまうし、だからホントは目が合うだけで嬉しいなんて、まだ伝えてあげない。でも普通に話しかけることはある。とは言っても紙に書いて見せるしかないんだけど。
昨日も普通にいろんな話をした。
「この前私が貸したマンガ読んだ?」
「あぁ、あれはとても面白かったよ。面白かったというか、なんというか綺麗だった。物語としては素晴らしいと思うよ。」
「そうでしょ、私もあんな恋愛してみたい」
「未咲さんはかわいいから多分いい人くらいすぐ見つかるんじゃないかな」
こんなような会話がルーズリーフの上から下に伸びていく。好きな人にかわいいと言われるのはとても嬉しかったけど、いい人くらいすぐ見つかるって言われたのはあんまり嬉しくなかった。私のことなんか眼中に無いですよって言われたみたいだったから。
そりゃ樋口君と付き合えたらどんなにいいだろうか。でも気持ちが届かなかったりしたら。いつも一緒に歩いた道とか、いつもの教室とか、同じ時間に、同じ季節に行けばいるような気がして行ってみるけどやっぱり君はもういない。なんてことになるのが一番怖いし避けたいことだ。結局言ってしまえば樋口君は私の中で一番の存在だった。シリウスとかオリオン座のベテルギウスみたいな、一等星だった。
燃え尽きた黒色矮星みたいな暗い気持ちになることも少しはあった。でも遥か遠くで輝くアンドロメダみたいな明るい気持ちになることも同じくらいあった。それは樋口君を見てたから。樋口君が笑えば私も笑う。そんな日々に幸せを感じていた。でも、ある日から樋口君はある人を目で追うようになって、それに気づいた時から暗い気持ちが少しだけ大きくなった。だから、あとちょっとで完成しかけていた一万ピースのジグソーパズルを投げつけたんだ。バラバラになったジグソーパズルは、いろんなところにピースが飛んでいった。多分、いくつかピースが失くなった。
そうやって、ずっと失くしちゃった足りないピースを探してる。もうずっと前から答えは分かっているんだけど、それでも君以外にパズルを完成できる人はきっといないだろうけど、ずっと探してる。君以外の誰かを、ずっと。そんな毎日が五年後だか十年後だかに来るなら少しは幸せなのだろうか。合わない絵柄にぎこちない距離感で進む私たちは、きっと上手くいかないってこともなんとなく分かってた。
だから、なくしてしまったパズルのピースを探すような恋は嫌だったんだ。これからの人生の中で、その数個のピースを集めながら大人になっていかなければいけないと思うと、憂鬱になる。絶対に合わない絵柄になるジグソーパズルなんて、作らない方がマシだ。
「ねぇ、どうしたの。ぼやっとして」
さっきの会話の続きにこう書かれた時、初めて自分がぼやっとしてたことに気づいた。考え事をしてたわけでもなく、特にぼやっとしたかったわけでもない。でも何故か気づいたらぼやっとしてた。
「いや、大丈夫だよ。少し眠いだけ」
「そうなの?珍しいね」
「え?珍しい?」
「うん。未咲さんが眠いなんて、相当なんだね」
こんな、本当にこんなくだらない会話もいつしか楽しむようになっていた。
ただのルーズリーフに心を乗せて、思いを乗せて届けたい。でもその二文字だけが書けないから、せめてこの紙を私は大切に持っていよう。無くさないように留めておこう。心の奥にも焼きつけておこう。
―――だから卒業式の今日、自分に誓ったとおりに真っ直ぐに伝えた。でもダメだった。正確には私が逃げた。それほどに好きだったし、諦めたくなかった。私のことを好きでいてくれる人と一緒にいた方が幸せになれることは百も承知だったんだけど、好きだったあの人はずっとずっと特別で、叶わなくて、届かなかったからこそ、強く記憶に残り続ける。いつまでも私の心の一番を広くて弱いところを独占し続けるんだ。
言い訳も御託も何も並べるつもりもないし四の五の言っても無駄だって、それも知ってる。ただ、今は誰かに話したい。この脆くて崩れちゃいそうな、ヒビの入ってしまったガラスみたいな心に留めた気持ちを。
そうだよ、これからは樋口君のいない生活がやってくるんだ。樋口君のいない人生を私はちゃんと、前を向いて歩けるのかな。今までの身を削るような恋も、自分を軽く見てしまうような恋も、幸せにはなれないのだと分かってて、伝えるの止められなかった。幸せになるために好きになったわけじゃないなんて強がって、だけど他の誰よりも精一杯恋をして樋口君を愛してたんだ。大袈裟かな。
「ねぇ、大好きだったよ。いや、愛してたんだよ。樋口君」
書けなかった言葉を心に刻みつけた。その言葉がもうすでに過去形に変わっていることに気づいて、涙が出た。彫刻刀で文字を彫るみたいに、血が滲むように刻みつけた。
あぁ、きっとこれが世間一般でいわれる失恋なんだね。だから今はまだ振り返れない。樋口君との記憶も、カメラロールにある偶然一緒に写っていた写真を消す覚悟も、残ったものに向き合う覚悟もないまま。いつか、そんな日が来るのかわからないけど、いつか、他に好きな人ができた時にこんな時もあったなぁ。なんて見返しながら、今日という日の思い出にさよならできるその日まで眠らせておこう。
「なくしてしまったパズルの一ピースを探すような恋は嫌だったんだ」
この学期が終われば私達は卒業。みんなバラバラの道を歩き始める。寂しくはないと思う。多分ウソ。本当は寂しいよ。
私には好きな人がいる。同じクラスで、耳がほとんど聞こえないけど、とてもかっこいいし、筆談だからって理由もあるのかな。彼が紡ぐ言葉はとても美しいと思う。彼は叙情的な小説を紡ぐみたいに文章を書く。周りはあんまり理解してくれなさそうだから言わないんだけど。
どんなに頑張っても届かない想いとか声があったり、どんなに努力してもどうしても理解できない部分や好きになれない部分ってあると思う。でもそんなのあって当たり前だと思うし、むしろ全部わかっちゃったらつまんないと思うからあの人のちょっと嫌いな“マイナスな部分”も全部大好きだって言えたらいいよね。
そんな彼に告白すると決めたのは今日の朝で、告白する日は卒業式の日にした。三年間の思い出とともに気持ちにケリをつけようと決めた。でもやっぱり今はまだ言わない。というか言えない。今伝えてフラれたらあと三二ヶ月ちょっとがとてつもなく気まずいものになってしまうし、だからホントは目が合うだけで嬉しいなんて、まだ伝えてあげない。でも普通に話しかけることはある。とは言っても紙に書いて見せるしかないんだけど。
昨日も普通にいろんな話をした。
「この前私が貸したマンガ読んだ?」
「あぁ、あれはとても面白かったよ。面白かったというか、なんというか綺麗だった。物語としては素晴らしいと思うよ。」
「そうでしょ、私もあんな恋愛してみたい」
「未咲さんはかわいいから多分いい人くらいすぐ見つかるんじゃないかな」
こんなような会話がルーズリーフの上から下に伸びていく。好きな人にかわいいと言われるのはとても嬉しかったけど、いい人くらいすぐ見つかるって言われたのはあんまり嬉しくなかった。私のことなんか眼中に無いですよって言われたみたいだったから。
そりゃ樋口君と付き合えたらどんなにいいだろうか。でも気持ちが届かなかったりしたら。いつも一緒に歩いた道とか、いつもの教室とか、同じ時間に、同じ季節に行けばいるような気がして行ってみるけどやっぱり君はもういない。なんてことになるのが一番怖いし避けたいことだ。結局言ってしまえば樋口君は私の中で一番の存在だった。シリウスとかオリオン座のベテルギウスみたいな、一等星だった。
燃え尽きた黒色矮星みたいな暗い気持ちになることも少しはあった。でも遥か遠くで輝くアンドロメダみたいな明るい気持ちになることも同じくらいあった。それは樋口君を見てたから。樋口君が笑えば私も笑う。そんな日々に幸せを感じていた。でも、ある日から樋口君はある人を目で追うようになって、それに気づいた時から暗い気持ちが少しだけ大きくなった。だから、あとちょっとで完成しかけていた一万ピースのジグソーパズルを投げつけたんだ。バラバラになったジグソーパズルは、いろんなところにピースが飛んでいった。多分、いくつかピースが失くなった。
そうやって、ずっと失くしちゃった足りないピースを探してる。もうずっと前から答えは分かっているんだけど、それでも君以外にパズルを完成できる人はきっといないだろうけど、ずっと探してる。君以外の誰かを、ずっと。そんな毎日が五年後だか十年後だかに来るなら少しは幸せなのだろうか。合わない絵柄にぎこちない距離感で進む私たちは、きっと上手くいかないってこともなんとなく分かってた。
だから、なくしてしまったパズルのピースを探すような恋は嫌だったんだ。これからの人生の中で、その数個のピースを集めながら大人になっていかなければいけないと思うと、憂鬱になる。絶対に合わない絵柄になるジグソーパズルなんて、作らない方がマシだ。
「ねぇ、どうしたの。ぼやっとして」
さっきの会話の続きにこう書かれた時、初めて自分がぼやっとしてたことに気づいた。考え事をしてたわけでもなく、特にぼやっとしたかったわけでもない。でも何故か気づいたらぼやっとしてた。
「いや、大丈夫だよ。少し眠いだけ」
「そうなの?珍しいね」
「え?珍しい?」
「うん。未咲さんが眠いなんて、相当なんだね」
こんな、本当にこんなくだらない会話もいつしか楽しむようになっていた。
ただのルーズリーフに心を乗せて、思いを乗せて届けたい。でもその二文字だけが書けないから、せめてこの紙を私は大切に持っていよう。無くさないように留めておこう。心の奥にも焼きつけておこう。
―――だから卒業式の今日、自分に誓ったとおりに真っ直ぐに伝えた。でもダメだった。正確には私が逃げた。それほどに好きだったし、諦めたくなかった。私のことを好きでいてくれる人と一緒にいた方が幸せになれることは百も承知だったんだけど、好きだったあの人はずっとずっと特別で、叶わなくて、届かなかったからこそ、強く記憶に残り続ける。いつまでも私の心の一番を広くて弱いところを独占し続けるんだ。
言い訳も御託も何も並べるつもりもないし四の五の言っても無駄だって、それも知ってる。ただ、今は誰かに話したい。この脆くて崩れちゃいそうな、ヒビの入ってしまったガラスみたいな心に留めた気持ちを。
そうだよ、これからは樋口君のいない生活がやってくるんだ。樋口君のいない人生を私はちゃんと、前を向いて歩けるのかな。今までの身を削るような恋も、自分を軽く見てしまうような恋も、幸せにはなれないのだと分かってて、伝えるの止められなかった。幸せになるために好きになったわけじゃないなんて強がって、だけど他の誰よりも精一杯恋をして樋口君を愛してたんだ。大袈裟かな。
「ねぇ、大好きだったよ。いや、愛してたんだよ。樋口君」
書けなかった言葉を心に刻みつけた。その言葉がもうすでに過去形に変わっていることに気づいて、涙が出た。彫刻刀で文字を彫るみたいに、血が滲むように刻みつけた。
あぁ、きっとこれが世間一般でいわれる失恋なんだね。だから今はまだ振り返れない。樋口君との記憶も、カメラロールにある偶然一緒に写っていた写真を消す覚悟も、残ったものに向き合う覚悟もないまま。いつか、そんな日が来るのかわからないけど、いつか、他に好きな人ができた時にこんな時もあったなぁ。なんて見返しながら、今日という日の思い出にさよならできるその日まで眠らせておこう。