♪side:高橋翼 放課後
「白夜みたいな恋はしたくなかった」
樋口君と恋人になりたいなんてことは、希望というか願望に近いと思う。たんぽぽの綿毛が飛んで、いつかどこかで地面に根を張って、また花を咲かせる未来を夢見る。そんな様な期待の薄い願望だと思う。たんぽぽの綿毛がアスファルトに落ちて芽が出せなかったり、誰かに踏まれたりする。そんなイメージかもしれない。
彼に想いを伝えるのは、絶対に茨の道だ。茨の道を避けることイコール道を選ぶということではないことも知っている。未来から来た青いネコ型ロボットがそんなことを言っていた。茨の道にしか咲いてない花もあるし、そこでしか見れない景色もある。その道を辿った先で樋口君に想いが伝わるならいいと思ってた。たぶん二分くらい前までは。
その二分くらい前に下駄箱の影にいた私は突然角を曲がってきた樋口君とぶつかりそうになった。心臓がとびはねるくらいにはびっくりした。で、気まずくなる前に今日でお別れだねとかいったニュアンスのことを書いて見せた。その返事にまた私は驚くことになった。
「君にサヨナラは似合わないよ。それに、僕は君のことが多分好きだから、そう言われちゃうとちょっと悲しいかな」
と渡された紙に書いてあった。
私のことが好き。多分という言葉がくっついてはいるけど、私のことが好き。こんなことがあっていいんだろうか。いや、まだ信じられない。とても嬉しいけど、何だか宙ぶらりんな感情がその言葉をどうしても信じさせてくれない。それで私は書いた。
「冗談?本当?どっちにしても嬉しいな」
「本当だよ。ずっと、気になってた。よかったら僕と付き合ってくれないかな。ずっと言えなかった。言えてよかった」
と、返ってきた。実際のところ、書いてるところを見てたからその文章が書かれている途中から心拍数は上がっていた。
あんまり嬉しくて、でもいいよって言ってしまったらこの気持ちがどうにかなってしまいそうで、わけもわからないままに「ありがとう。でも、ごめん」と書いてしまった。その代わりに、裏に一人暮らしをする先の住所を書いておいた。小さい文字で「よかったら手紙送ってほしい」といった意味の言葉も添えておいた。彼は手紙をくれるだろうか。
私は恥ずかしくなって、樋口君の前から逃げ出してしまった。きっと、多分、最後に「でも、ごめん」って書いてしまったのは失敗だ。告白を断ったって思われるかもしれない。
今回のこの恋が白夜みたいな、太陽が沈んでいかないような中途半端や浅い恋なのか私にはわからない。いつも、私の恋は水のように熱しやすく冷めやすい。焚き火のように気持ちのカケラを集めて燃やして。そんな感じに誰かを愛していたいのに、マッチみたいにすぐ消える恋はもうしないと決めたはずだったのに、また他の誰かを好きになって、恋する自分に恋をしてしまって。そんな傍目にも軽くてめんどくさい女に見える自分が心から大嫌いだった。バカ。でも、正直実際に軽い女だったかもしれない。
ちょっとそんな雰囲気になると、この人いいなぁとか思って携帯の機種変でもするみたいに、好きな人が変わったりしてた。なんてことが今までにもよくあった。恋愛なんてそんな感じで始まるもんだよなんて言われたこともあった。でも私はそんな恋に落ちて、そう言われる自分が嫌いだった。嫌いだったのに、変われなかった。変わろうと思ってたのに、思ってただけだった。
長年使っていて使い慣れた携帯電話を手放して機種変した時に新しい携帯が使いづらいのと同じで、新しい恋をする度にゼロから相手のことを知っていった。もちろん本当はゼロからってことは無いんだけどさ。それで気持ちが届かなかった時、携帯を落として画面が割れたときみたいな気持ちになる。画面が割れて誰かしらの顔すらも映さなくなってしまった、片手に収まるその小さな機械が、悲しみの象徴のようにも思えてしまう。携帯の画面が割れてしまった時は、ファンデーションを落として割れてしまった時よりも悲しい。私はそう思う。
玄関と下駄箱に背中を向けて競歩みたいな歩き方で教室に向かう途中、人とぶつかりそうになった。おかげで歩くペースは少し遅まった。
これだけは言える。私は樋口君が好きだ。どうしようもなく好きだ。今までの水たまりより浅い恋の時には無かった想いが心の中にある。それは単に好きという二文字で片付けてはいけない想いだ。愛してる、なんてそんな大それたことは言えないけど。ずっと隣を歩きながらも、時計の針みたいに追いついては追い越して、時にはすれ違いながら生きていきたいという想いだ。きっと、というか絶対に私と樋口君の歩幅は違う。何から何まで違うからこそ、喧嘩とかもするんだろうし、その隙間を埋めていくのが恋をする楽しさであり、その先に愛を見つけることができるんじゃないかと思う。
この恋は今までの軽い恋とは絶対に違う。本当に本当の恋だ。本当はすぐにでも付き合いたいと思っている。でも、これは言ってしまうと失礼な話なんだけど樋口君は人とは少し違う。耳がほぼ聞こえないというハンディキャップを持っている。だから人一倍言葉には気をつけないといけない。口から飛び出した言葉は、少し経てば消えるかも知れないけど、書いて伝える筆談では、どうしても書いた言葉がずっと残ってしまう。紙にも、心にも。
だからきっと樋口君を好きになったのは、もしかしたら雪が白くて冷たいように必然だったのかもしれない。
「白夜みたいな恋はしたくなかった」
樋口君と恋人になりたいなんてことは、希望というか願望に近いと思う。たんぽぽの綿毛が飛んで、いつかどこかで地面に根を張って、また花を咲かせる未来を夢見る。そんな様な期待の薄い願望だと思う。たんぽぽの綿毛がアスファルトに落ちて芽が出せなかったり、誰かに踏まれたりする。そんなイメージかもしれない。
彼に想いを伝えるのは、絶対に茨の道だ。茨の道を避けることイコール道を選ぶということではないことも知っている。未来から来た青いネコ型ロボットがそんなことを言っていた。茨の道にしか咲いてない花もあるし、そこでしか見れない景色もある。その道を辿った先で樋口君に想いが伝わるならいいと思ってた。たぶん二分くらい前までは。
その二分くらい前に下駄箱の影にいた私は突然角を曲がってきた樋口君とぶつかりそうになった。心臓がとびはねるくらいにはびっくりした。で、気まずくなる前に今日でお別れだねとかいったニュアンスのことを書いて見せた。その返事にまた私は驚くことになった。
「君にサヨナラは似合わないよ。それに、僕は君のことが多分好きだから、そう言われちゃうとちょっと悲しいかな」
と渡された紙に書いてあった。
私のことが好き。多分という言葉がくっついてはいるけど、私のことが好き。こんなことがあっていいんだろうか。いや、まだ信じられない。とても嬉しいけど、何だか宙ぶらりんな感情がその言葉をどうしても信じさせてくれない。それで私は書いた。
「冗談?本当?どっちにしても嬉しいな」
「本当だよ。ずっと、気になってた。よかったら僕と付き合ってくれないかな。ずっと言えなかった。言えてよかった」
と、返ってきた。実際のところ、書いてるところを見てたからその文章が書かれている途中から心拍数は上がっていた。
あんまり嬉しくて、でもいいよって言ってしまったらこの気持ちがどうにかなってしまいそうで、わけもわからないままに「ありがとう。でも、ごめん」と書いてしまった。その代わりに、裏に一人暮らしをする先の住所を書いておいた。小さい文字で「よかったら手紙送ってほしい」といった意味の言葉も添えておいた。彼は手紙をくれるだろうか。
私は恥ずかしくなって、樋口君の前から逃げ出してしまった。きっと、多分、最後に「でも、ごめん」って書いてしまったのは失敗だ。告白を断ったって思われるかもしれない。
今回のこの恋が白夜みたいな、太陽が沈んでいかないような中途半端や浅い恋なのか私にはわからない。いつも、私の恋は水のように熱しやすく冷めやすい。焚き火のように気持ちのカケラを集めて燃やして。そんな感じに誰かを愛していたいのに、マッチみたいにすぐ消える恋はもうしないと決めたはずだったのに、また他の誰かを好きになって、恋する自分に恋をしてしまって。そんな傍目にも軽くてめんどくさい女に見える自分が心から大嫌いだった。バカ。でも、正直実際に軽い女だったかもしれない。
ちょっとそんな雰囲気になると、この人いいなぁとか思って携帯の機種変でもするみたいに、好きな人が変わったりしてた。なんてことが今までにもよくあった。恋愛なんてそんな感じで始まるもんだよなんて言われたこともあった。でも私はそんな恋に落ちて、そう言われる自分が嫌いだった。嫌いだったのに、変われなかった。変わろうと思ってたのに、思ってただけだった。
長年使っていて使い慣れた携帯電話を手放して機種変した時に新しい携帯が使いづらいのと同じで、新しい恋をする度にゼロから相手のことを知っていった。もちろん本当はゼロからってことは無いんだけどさ。それで気持ちが届かなかった時、携帯を落として画面が割れたときみたいな気持ちになる。画面が割れて誰かしらの顔すらも映さなくなってしまった、片手に収まるその小さな機械が、悲しみの象徴のようにも思えてしまう。携帯の画面が割れてしまった時は、ファンデーションを落として割れてしまった時よりも悲しい。私はそう思う。
玄関と下駄箱に背中を向けて競歩みたいな歩き方で教室に向かう途中、人とぶつかりそうになった。おかげで歩くペースは少し遅まった。
これだけは言える。私は樋口君が好きだ。どうしようもなく好きだ。今までの水たまりより浅い恋の時には無かった想いが心の中にある。それは単に好きという二文字で片付けてはいけない想いだ。愛してる、なんてそんな大それたことは言えないけど。ずっと隣を歩きながらも、時計の針みたいに追いついては追い越して、時にはすれ違いながら生きていきたいという想いだ。きっと、というか絶対に私と樋口君の歩幅は違う。何から何まで違うからこそ、喧嘩とかもするんだろうし、その隙間を埋めていくのが恋をする楽しさであり、その先に愛を見つけることができるんじゃないかと思う。
この恋は今までの軽い恋とは絶対に違う。本当に本当の恋だ。本当はすぐにでも付き合いたいと思っている。でも、これは言ってしまうと失礼な話なんだけど樋口君は人とは少し違う。耳がほぼ聞こえないというハンディキャップを持っている。だから人一倍言葉には気をつけないといけない。口から飛び出した言葉は、少し経てば消えるかも知れないけど、書いて伝える筆談では、どうしても書いた言葉がずっと残ってしまう。紙にも、心にも。
だからきっと樋口君を好きになったのは、もしかしたら雪が白くて冷たいように必然だったのかもしれない。