♪side:樋口翔太 放課後
「あの美しい源氏物語よりも美しく生きていこうと誓ったんだ」
泣きながら「大丈夫」と言う人の大丈夫という言葉が僕はあまり信じられない。多分なにか壁にぶつかったか悩んでるかしてるし、絶対に大丈夫じゃない。この目の前にいる未咲さんが今まさにその状況だ。ルーズリーフにでっかく書き殴られた大丈夫の三文字。今までこれ程信用出来ない大丈夫の一言があっただろうかと思うほど信用出来なかった。まぁ、そう書かせた原因は僕なんだけど。
僕は未咲さんの告白を断った。他に好きな人がいるってことも伝えたしそれが翼さんだってことも。そもそも未咲さんは僕が翼さんを好きだということを知っていたから、よもや泣くなんてことは想像すらしていなかった。
未咲さんが僕の前からどこかへ行って、後ろ姿が見えなくなってから、僕も帰ろうとした。でも、何となくまだ帰る気になれなくて踵を返した。と、同時に下駄箱の影に隠れていた人とぶつかった。その瞬間に僕の心臓は跳ね上がった。正直そのまま心臓が口から出てくるんじゃないと思うレベルでびっくりした。そりゃそうだ。その相手が翼さんで、彼女もびっくりしていたようだったから。
二人で固まっていると、翼さんがどこからか紙とペンを取り出し、一言書いて見せた。
「今日でサヨナラだね。さみしくなるね」
これを見た僕は突然のその言葉にとても悲しさを感じた。翼さんを色で例えるなら、きっと白で、僕は黒。全ての色に染まる白と何色にも染まらない黒。でも黒は白にだけは目に見えて染められてしまう。僕をほかの色に染めることが出来るのはきっと翼さんだけだと思ってるし、そう信じたいからだった。そんな翼さんに「サヨナラ」なんて言葉は似合わない。だから僕はポケットのペンと筆談用のメモ帳を出して、それに応えた。
「君にサヨナラは似合わないよ。それに、僕は君のことが多分好きだと思うから、そう言われちゃうとちょっと悲しいかな」
こう書いた紙を見せて気づいた。あれほど悩んで言えなかった二文字の言葉が普通に当たり前のように入っている。頭が現実に追いついて、いまさら猛烈に恥ずかしくなってくる。
「冗談?本当?どっちにしても嬉しいな」
「本当だよ。ずっと、気になってたんだ。よかったら僕と付き合ってくれないかな。ずっと言えなかった。言えてよかった」と書いて渡した。まぁ書いてるところを見られていたから渡さなくてもよかったんだけど。
かなり振り絞って出した勇気も虚しく、翼さんはその紙に「ありがとう。でもごめん」とだけ書いて僕に返してどこかへ行ってしまった。玉砕って多分このことなんだなぁと身をもって知った。翼さんのその文字は、どこか力強くて、でもなぜか脆くも見えた。ちょっとした事、たとえば、突っついたりとかするだけでも崩ちゃう砂の城みたいだった。強くて脆い人ほど、美しいと思う。
僕は、あの美しい源氏物語よりも美しく生きていこうとその会話が書かれたなんでもない紙に誓った。紫式部の創り出した美しさをも越えて、生きよう。
あからさまに下を見ながら、とぼとぼ歩く僕にぶつかった後輩がすみませんと謝ったようだったけど、もちろん聞こえなくてとりあえず頭を下げておいた。
ずっとさっきから手に持っている紙は失恋の象徴だ。その紙をぼんやり眺めながら階段を登っていると、踊り場で太陽光を浴びた。太陽光で紙が透けて裏に文字があることに気づいた。ひっくり返してみてみると、ある住所が書いてあった。なんの住所だろうかと思ったけど、小さい文字で「私の一人暮らしする家の住所だよ。よかったら手紙送って」と書いてあった。
その行の下に、誰に見せるわけでもないけど「分かった」と書いてポケットに入れた。これで、せめてこの紙の切れ端を失恋の象徴なんて呼ぶことはなくなったのだろう。
さっきあれほど源氏物語よりも美しく生きようとか言っといてもう既に揺らいでしまっている。翼さんの存在がいつも僕の心の中を掻き回す。いや、翼さんが掻き回して来るんじゃなくて、僕が自分でくしゃくしゃにしているだけなんだけど。
「あの美しい源氏物語よりも美しく生きていこうと誓ったんだ」
泣きながら「大丈夫」と言う人の大丈夫という言葉が僕はあまり信じられない。多分なにか壁にぶつかったか悩んでるかしてるし、絶対に大丈夫じゃない。この目の前にいる未咲さんが今まさにその状況だ。ルーズリーフにでっかく書き殴られた大丈夫の三文字。今までこれ程信用出来ない大丈夫の一言があっただろうかと思うほど信用出来なかった。まぁ、そう書かせた原因は僕なんだけど。
僕は未咲さんの告白を断った。他に好きな人がいるってことも伝えたしそれが翼さんだってことも。そもそも未咲さんは僕が翼さんを好きだということを知っていたから、よもや泣くなんてことは想像すらしていなかった。
未咲さんが僕の前からどこかへ行って、後ろ姿が見えなくなってから、僕も帰ろうとした。でも、何となくまだ帰る気になれなくて踵を返した。と、同時に下駄箱の影に隠れていた人とぶつかった。その瞬間に僕の心臓は跳ね上がった。正直そのまま心臓が口から出てくるんじゃないと思うレベルでびっくりした。そりゃそうだ。その相手が翼さんで、彼女もびっくりしていたようだったから。
二人で固まっていると、翼さんがどこからか紙とペンを取り出し、一言書いて見せた。
「今日でサヨナラだね。さみしくなるね」
これを見た僕は突然のその言葉にとても悲しさを感じた。翼さんを色で例えるなら、きっと白で、僕は黒。全ての色に染まる白と何色にも染まらない黒。でも黒は白にだけは目に見えて染められてしまう。僕をほかの色に染めることが出来るのはきっと翼さんだけだと思ってるし、そう信じたいからだった。そんな翼さんに「サヨナラ」なんて言葉は似合わない。だから僕はポケットのペンと筆談用のメモ帳を出して、それに応えた。
「君にサヨナラは似合わないよ。それに、僕は君のことが多分好きだと思うから、そう言われちゃうとちょっと悲しいかな」
こう書いた紙を見せて気づいた。あれほど悩んで言えなかった二文字の言葉が普通に当たり前のように入っている。頭が現実に追いついて、いまさら猛烈に恥ずかしくなってくる。
「冗談?本当?どっちにしても嬉しいな」
「本当だよ。ずっと、気になってたんだ。よかったら僕と付き合ってくれないかな。ずっと言えなかった。言えてよかった」と書いて渡した。まぁ書いてるところを見られていたから渡さなくてもよかったんだけど。
かなり振り絞って出した勇気も虚しく、翼さんはその紙に「ありがとう。でもごめん」とだけ書いて僕に返してどこかへ行ってしまった。玉砕って多分このことなんだなぁと身をもって知った。翼さんのその文字は、どこか力強くて、でもなぜか脆くも見えた。ちょっとした事、たとえば、突っついたりとかするだけでも崩ちゃう砂の城みたいだった。強くて脆い人ほど、美しいと思う。
僕は、あの美しい源氏物語よりも美しく生きていこうとその会話が書かれたなんでもない紙に誓った。紫式部の創り出した美しさをも越えて、生きよう。
あからさまに下を見ながら、とぼとぼ歩く僕にぶつかった後輩がすみませんと謝ったようだったけど、もちろん聞こえなくてとりあえず頭を下げておいた。
ずっとさっきから手に持っている紙は失恋の象徴だ。その紙をぼんやり眺めながら階段を登っていると、踊り場で太陽光を浴びた。太陽光で紙が透けて裏に文字があることに気づいた。ひっくり返してみてみると、ある住所が書いてあった。なんの住所だろうかと思ったけど、小さい文字で「私の一人暮らしする家の住所だよ。よかったら手紙送って」と書いてあった。
その行の下に、誰に見せるわけでもないけど「分かった」と書いてポケットに入れた。これで、せめてこの紙の切れ端を失恋の象徴なんて呼ぶことはなくなったのだろう。
さっきあれほど源氏物語よりも美しく生きようとか言っといてもう既に揺らいでしまっている。翼さんの存在がいつも僕の心の中を掻き回す。いや、翼さんが掻き回して来るんじゃなくて、僕が自分でくしゃくしゃにしているだけなんだけど。