♪樋口翔太
「笑えてないし、笑えない」
さっき突然病室に来た長峰先生に渡された一通の手紙を読んだ。遺書と書かれたそれは、遺書とは似ても似つかないようなかわいい便箋に入れられていて、字体はいつもの彼女の丸文字だ。これだけ見れば遺書だなんて到底思えない。だからこそ、余計に彼女がもうこの世にはいないという事実が突き刺さる。
わけの分からない、どす黒い何かが心の中に巣食った。とてつもなく濃い自己嫌悪が襲ってくる。今この手紙を読み終わった満身創痍のクソガキを殴り飛ばしてしまいたくなる。歯の一、二本でも折れてしまえばよかった。今の自分は、それくらいクソ野郎に思えた。僕は彼女の事を全く分かっていなかったんだ。結局は、短い付き合いっていうどうしようもない事実が招いた悲劇だ。
こんなことなら、明日が来なければいいのにと思った。でも、そんな僕を置き去りにして日が沈んで星が空に昇る。オリオン座が南中高度に達して、僕らちっぽけな人間を見下ろす。「死んだ人は星になったんだよ」なんていう様な馬鹿みたいな迷信を、今になって初めて信じたくなる。もしそれが本当なら、翼さんはシリウスか、ベテルギウスか、それともカストルかポルックス、どの一等星だろう。
月の周りに光る星たちは、強い月光にも負けずに煌々と輝いている。僕もそんな星たちの仲間になれるだろうか。
そんな迷信を思い出して、そんな星たちの仲間になれるかどうかと思った時。僕は何を血迷ったのか、試してみればいい、苦しむくらいなら迷信を確かめるとともに、この世界からいなくなってしまえばいいと思った。
思いたったらすぐだった。治りかけの脚を松葉杖で少し引きずりながら、エレベーターホールに行き上向きの矢印が書かれたボタンを押した。
少し待って、開いた扉をくぐった。屋上までは行けないエレベーターの最上階のボタンを押した。無機質な銀色の扉が、ガコン、と閉まる。エレベーター独特の上昇感覚に違和感を感じながら、最上階へ向かった。
最上階の薄暗い廊下に消火栓の赤いランプと、非常口の白地に緑のランプが煌々と光っている。そんな日常の明かりさえ、今の僕には憂鬱に見える。そこからまた、ワンフロア分の階段をなんとか上がって屋上への扉を開けた。正直、鍵がかかっていて屋上へは入れないと思っていた。もしそうだったとしたら、僕のこの馬鹿な考えも変わっていたのかもしれないのに。
少しだけ冷たい風が僕の横をすり抜けていった。僕の、この真っ黒い気持ちとは裏腹に、空の星たちはムカつくほどにキラキラ輝いていて余計に気持ちが滅入る。もういいだろう。大好きな人もいなくなった今、こんなクソみたいな世界に生きている意味なんてないんだ。そうだろう。もう僕を繋ぎ留めるものは何もない。
痛みのひどい足で屋上の淵に設置されている低いフェンスを登る。この銀色の網の向こう側は死と背中合わせの崖っぷちだ。足のすぐ下に病院の看板のネオン管が光っている。そこに腰掛けてぼやっとする。フェンスの間を風が吹き抜けてひゅうっと音がする。まだ、生きてる。
もう覚悟は決まった。いい加減グズグズしていてもせっかく決めた覚悟が揺らいでは元も子もない。もういいんだ。もう。
横に置いていた松葉杖が一瞬吹いた突風に煽られて下に落ちた。アルミかなんかで出来た松葉杖が、落下の瞬間に軽い音を立てた。僕の身体は落ちた瞬間にそんないい音なんてしないだろうな。
もう一度その場に立ち上がった。終わりにしよう。そう思った時には、もう身体は傾いて、重力に任せるままになっていた。その数秒後には、衝撃と痛みが襲い、気が遠くなっていた。薄れていく意識の中で、誰かが僕の名前を叫ぶ微かな声だけが頭の中に響いていた。
「笑えてないし、笑えない」
さっき突然病室に来た長峰先生に渡された一通の手紙を読んだ。遺書と書かれたそれは、遺書とは似ても似つかないようなかわいい便箋に入れられていて、字体はいつもの彼女の丸文字だ。これだけ見れば遺書だなんて到底思えない。だからこそ、余計に彼女がもうこの世にはいないという事実が突き刺さる。
わけの分からない、どす黒い何かが心の中に巣食った。とてつもなく濃い自己嫌悪が襲ってくる。今この手紙を読み終わった満身創痍のクソガキを殴り飛ばしてしまいたくなる。歯の一、二本でも折れてしまえばよかった。今の自分は、それくらいクソ野郎に思えた。僕は彼女の事を全く分かっていなかったんだ。結局は、短い付き合いっていうどうしようもない事実が招いた悲劇だ。
こんなことなら、明日が来なければいいのにと思った。でも、そんな僕を置き去りにして日が沈んで星が空に昇る。オリオン座が南中高度に達して、僕らちっぽけな人間を見下ろす。「死んだ人は星になったんだよ」なんていう様な馬鹿みたいな迷信を、今になって初めて信じたくなる。もしそれが本当なら、翼さんはシリウスか、ベテルギウスか、それともカストルかポルックス、どの一等星だろう。
月の周りに光る星たちは、強い月光にも負けずに煌々と輝いている。僕もそんな星たちの仲間になれるだろうか。
そんな迷信を思い出して、そんな星たちの仲間になれるかどうかと思った時。僕は何を血迷ったのか、試してみればいい、苦しむくらいなら迷信を確かめるとともに、この世界からいなくなってしまえばいいと思った。
思いたったらすぐだった。治りかけの脚を松葉杖で少し引きずりながら、エレベーターホールに行き上向きの矢印が書かれたボタンを押した。
少し待って、開いた扉をくぐった。屋上までは行けないエレベーターの最上階のボタンを押した。無機質な銀色の扉が、ガコン、と閉まる。エレベーター独特の上昇感覚に違和感を感じながら、最上階へ向かった。
最上階の薄暗い廊下に消火栓の赤いランプと、非常口の白地に緑のランプが煌々と光っている。そんな日常の明かりさえ、今の僕には憂鬱に見える。そこからまた、ワンフロア分の階段をなんとか上がって屋上への扉を開けた。正直、鍵がかかっていて屋上へは入れないと思っていた。もしそうだったとしたら、僕のこの馬鹿な考えも変わっていたのかもしれないのに。
少しだけ冷たい風が僕の横をすり抜けていった。僕の、この真っ黒い気持ちとは裏腹に、空の星たちはムカつくほどにキラキラ輝いていて余計に気持ちが滅入る。もういいだろう。大好きな人もいなくなった今、こんなクソみたいな世界に生きている意味なんてないんだ。そうだろう。もう僕を繋ぎ留めるものは何もない。
痛みのひどい足で屋上の淵に設置されている低いフェンスを登る。この銀色の網の向こう側は死と背中合わせの崖っぷちだ。足のすぐ下に病院の看板のネオン管が光っている。そこに腰掛けてぼやっとする。フェンスの間を風が吹き抜けてひゅうっと音がする。まだ、生きてる。
もう覚悟は決まった。いい加減グズグズしていてもせっかく決めた覚悟が揺らいでは元も子もない。もういいんだ。もう。
横に置いていた松葉杖が一瞬吹いた突風に煽られて下に落ちた。アルミかなんかで出来た松葉杖が、落下の瞬間に軽い音を立てた。僕の身体は落ちた瞬間にそんないい音なんてしないだろうな。
もう一度その場に立ち上がった。終わりにしよう。そう思った時には、もう身体は傾いて、重力に任せるままになっていた。その数秒後には、衝撃と痛みが襲い、気が遠くなっていた。薄れていく意識の中で、誰かが僕の名前を叫ぶ微かな声だけが頭の中に響いていた。