♪長峰響一
「なんでこんなものを」
結局俺は自分の患者一人も救えないポンコツ医者だったわけだ。目の前で命の炎が消える度に自分の無力さを痛感する。そんなのはもう嫌だ。
もう何度この机を殴りつけてきただろう。
何度、この瞳で心電図が単調な線を描いただろう。
何度、胸骨圧迫をしてきただろう。
何度、患者の名前を叫んだだろう。
何度、患者の死を見届けただろう。
その度に、俺はその遺体に聞こえない謝罪を告げる。
「力及ばず申し訳ありませんでした」
そんな言葉になんの意味があるだろう。
目の前に横たわるご遺体に、自己満足をぶつけているだけなのかもしれない。いや、きっとそうだ。自己満足と、自分への戒めにほかならない。もう二度と、俺の目の前では誰も死なせない。と、そういった重いものを自分に背負わせるための儀式なんだと思う。
頭の中で考えがまとまらず、翼さんが寝ていた病室へ行ってみた。いつもの彼は、ベッド周りのカーテンを閉めて何かをしている。音の聞こえない彼は、俺が来たことに気づいてないようだった。
窓にかかったカーテンは開いていて、薄ぼんやりとクリーム色をした月の光が無機質な床を照らしていた。俺にはその光が、何故かとても暖かく感じられた。
遺体は別の場所に安置され、翼さんのいなくなった部屋は一気に広くなったように思えた。とても短い闘病生活を終えた彼女は死の間際、一体どんな感情を抱いていたのだろう。知りたい。誰でもいいから、教えてくれないか。なんて。思ってみても、答えてくれる人なんていない。
いや、まぁ、正直闘病なんて言えば聞こえはいいし、実際病気と戦っていたのは彼女の身体なのだから言葉としては間違っちゃいないんだろうが。実際に病気に負けたのは現代医療と医師としての俺だ。そんなことはもうとっくの昔に分かってた。目の前で消えていった命の数だけそれを実感させられる。悔しさと自分への怒りが限界を超えそうになる。少し足元がふらつき、病室に寂しげに残されたベッドに腰掛けて、窓から空を見る。明るい月が俺を見つめる。そのまま月と目を合わせながら、ベッドに倒れ込んだ。その時、枕の下で手に何かが触れた。それをそのまま引っぱり出した。封筒だった。
封はされてなくて、何枚かの便箋とICレコーダーのようなものが入っていた。
手紙の冒頭を見てすぐに、「なんでこんなものを」と思った。
この手紙は俺が見るべきものじゃない。一旦綺麗にされたはずのベッドになんでこんな物が残っているのかは分からなかったが、これを渡さなければならない相手は明確だった。俺はいてもたってもいられず、そのまま彼のベッドの周りのカーテンを開けた。
「なんでこんなものを」
結局俺は自分の患者一人も救えないポンコツ医者だったわけだ。目の前で命の炎が消える度に自分の無力さを痛感する。そんなのはもう嫌だ。
もう何度この机を殴りつけてきただろう。
何度、この瞳で心電図が単調な線を描いただろう。
何度、胸骨圧迫をしてきただろう。
何度、患者の名前を叫んだだろう。
何度、患者の死を見届けただろう。
その度に、俺はその遺体に聞こえない謝罪を告げる。
「力及ばず申し訳ありませんでした」
そんな言葉になんの意味があるだろう。
目の前に横たわるご遺体に、自己満足をぶつけているだけなのかもしれない。いや、きっとそうだ。自己満足と、自分への戒めにほかならない。もう二度と、俺の目の前では誰も死なせない。と、そういった重いものを自分に背負わせるための儀式なんだと思う。
頭の中で考えがまとまらず、翼さんが寝ていた病室へ行ってみた。いつもの彼は、ベッド周りのカーテンを閉めて何かをしている。音の聞こえない彼は、俺が来たことに気づいてないようだった。
窓にかかったカーテンは開いていて、薄ぼんやりとクリーム色をした月の光が無機質な床を照らしていた。俺にはその光が、何故かとても暖かく感じられた。
遺体は別の場所に安置され、翼さんのいなくなった部屋は一気に広くなったように思えた。とても短い闘病生活を終えた彼女は死の間際、一体どんな感情を抱いていたのだろう。知りたい。誰でもいいから、教えてくれないか。なんて。思ってみても、答えてくれる人なんていない。
いや、まぁ、正直闘病なんて言えば聞こえはいいし、実際病気と戦っていたのは彼女の身体なのだから言葉としては間違っちゃいないんだろうが。実際に病気に負けたのは現代医療と医師としての俺だ。そんなことはもうとっくの昔に分かってた。目の前で消えていった命の数だけそれを実感させられる。悔しさと自分への怒りが限界を超えそうになる。少し足元がふらつき、病室に寂しげに残されたベッドに腰掛けて、窓から空を見る。明るい月が俺を見つめる。そのまま月と目を合わせながら、ベッドに倒れ込んだ。その時、枕の下で手に何かが触れた。それをそのまま引っぱり出した。封筒だった。
封はされてなくて、何枚かの便箋とICレコーダーのようなものが入っていた。
手紙の冒頭を見てすぐに、「なんでこんなものを」と思った。
この手紙は俺が見るべきものじゃない。一旦綺麗にされたはずのベッドになんでこんな物が残っているのかは分からなかったが、これを渡さなければならない相手は明確だった。俺はいてもたってもいられず、そのまま彼のベッドの周りのカーテンを開けた。