♪樋口翔太

「人の感情を数式で表せるとしたら、どんなに楽だろうか」



コーヒーに砂糖とミルクと真っ黒になった気持ちを溶かして飲んだ。いつもよりとても苦く感じたのはそのせいだと思う。この黒い液体は、もうキャラメルを入れても生クリームを入れても絶対に甘くはならない。昔、自分の水のコップと間違ってお父さんの日本酒を飲んでしまった時のように口の中が不味くなった。好きだったはずのコーヒーがとてもじゃないが飲めない。感情なんてものがどうして味覚なんかに作用してくるのかと思った。感情は心理的なもので、味覚はそうじゃないはずだ。それがどうしてこうなるんだ。
寿命の短かった翼さんに微笑まなかった神様が見つめる、どうしようもなく冷酷なこの世界が、とても醜くて憎らしい。翼さんがいた世界の景色がモノクロームからセピア色に移り変わる頃に、僕はきっと彼女の事を心の中で永遠にするのだろう。
僕の得意な数学がこんなにも無意味な時なんて、これからの一生の中でどれだけ訪れるだろうか。いや、きっともうそんな時は訪れない。人の感情を数式で表せたらどんなにか楽だろうだなんて思ったりもした。でも、そんなのは叶うことのない理想でしかない。どうして僕はいつも、こんなにも見当はずれな事を考えたりしてしまうのだろうか。