♪樋口翔太
「十九回目の春に」
カーテンを開けてみた。翼さんもカーテンを開けていた。何かを書いているようだった。その内容が気にはなったが、そこまで知りたいとなるとさすがにストーカーじみていて自分でも嫌な感じがしたのでとりあえず気にしないことにした。
カーテンを開けた僕に気づいた翼さんが、手元の紙を折り畳んで枕の下に入れていた。そしてこっちを見て、いつもの筆談用のノートを取り出した。
「遺書ってさ、どう書けばいいのかな」
さすがに慣れはしたけど、そういうことを聞いてくるのはやめてほしい。
「遺書?」
「そう、なんか書き方とかよく分かんなくて 」
「この手紙を読んでるってことは、私はもうこの世にはいないのでしょう…みたいなのはよくテレビとか本とかで見るよね」
「そうだね。書き出しはそれでいいかな」
「ねぇ、もうそういう後ろ向きの話はやめにしない…?」
「どうして?」
「どうしてって…」
「決まってる運命には逆らえない。その『運命』に逆らおうとするんなら、その人はよっぽど見当違いなことを考えてる馬鹿なんだ。」
「だったら僕は、よっぽど見当違いなことを考えている馬鹿なんだね」
「そうみたいだね」
あろうことか、自分でも全く信じられないけど、口角が緩んだ気がした。こんな時に、どうして微笑むことが出来たってんだ。目の前の追い詰められた翼さんが、なぜかとても幸せそうに見えた。こんな事、本人に言えるわけもないけれど。
そうだ、僕は確かに、本当に馬鹿だった。見当違いなんて言葉が甘っちょろく聞こえるほどに。何回も聞かされて、何回も認めようとして、受け止めようとしてできなかった事がやっと、この心にぴったりと収まった気がした。
これは逃れようのない事実だ。十九回目の春、桜とともに、翼さんの命も散っていくのだろう。
オーディンという神。それは死を司ると言われる神。存在するわけもないその神様にさえ縋りたい気持ちだった。 たとえ神様の影が悪魔の形をしているとしても、そんなの関係ない。 翼さんの死を避けられるなら。避けられないとしても、少しでも遅らせたい。こっちの世界を旅立つ運命だとしても、せめて二十回目の春を迎えてから向こうの世界に行ってほしい。単なる僕のわがままだけど、これが本心だ。
ただ、僕の影は神様の影と同じ形をしているのかもしれない。神の影は、悪魔の形。ソロモン72柱の悪魔の中のどれかは分からないけど。
まぁ、自分で考えていたことだけどオーディンだの神様だの、本当に馬鹿らしいと思う。現実世界でそんな事を考えていても、無駄だってわかってる。分かってるけど、現実逃避くらいしてもいいじゃないか。
さぁ、もう本当にちゃんと考えないといけない。逃げも隠れもできないから、翼さんの辿る道はしっかりと見届けようと僕は思う。
夏を迎えられない翼さんにもう一度向日葵を見せたかった。前はローズマリーだとかどうとか言ったけど、僕が今翼さんに見せたいのは向日葵だ。腕を伸ばしても背伸びしても届かない高さまで伸びたひまわりを見て、一緒に笑いたいと思った。
「十九回目の春に」
カーテンを開けてみた。翼さんもカーテンを開けていた。何かを書いているようだった。その内容が気にはなったが、そこまで知りたいとなるとさすがにストーカーじみていて自分でも嫌な感じがしたのでとりあえず気にしないことにした。
カーテンを開けた僕に気づいた翼さんが、手元の紙を折り畳んで枕の下に入れていた。そしてこっちを見て、いつもの筆談用のノートを取り出した。
「遺書ってさ、どう書けばいいのかな」
さすがに慣れはしたけど、そういうことを聞いてくるのはやめてほしい。
「遺書?」
「そう、なんか書き方とかよく分かんなくて 」
「この手紙を読んでるってことは、私はもうこの世にはいないのでしょう…みたいなのはよくテレビとか本とかで見るよね」
「そうだね。書き出しはそれでいいかな」
「ねぇ、もうそういう後ろ向きの話はやめにしない…?」
「どうして?」
「どうしてって…」
「決まってる運命には逆らえない。その『運命』に逆らおうとするんなら、その人はよっぽど見当違いなことを考えてる馬鹿なんだ。」
「だったら僕は、よっぽど見当違いなことを考えている馬鹿なんだね」
「そうみたいだね」
あろうことか、自分でも全く信じられないけど、口角が緩んだ気がした。こんな時に、どうして微笑むことが出来たってんだ。目の前の追い詰められた翼さんが、なぜかとても幸せそうに見えた。こんな事、本人に言えるわけもないけれど。
そうだ、僕は確かに、本当に馬鹿だった。見当違いなんて言葉が甘っちょろく聞こえるほどに。何回も聞かされて、何回も認めようとして、受け止めようとしてできなかった事がやっと、この心にぴったりと収まった気がした。
これは逃れようのない事実だ。十九回目の春、桜とともに、翼さんの命も散っていくのだろう。
オーディンという神。それは死を司ると言われる神。存在するわけもないその神様にさえ縋りたい気持ちだった。 たとえ神様の影が悪魔の形をしているとしても、そんなの関係ない。 翼さんの死を避けられるなら。避けられないとしても、少しでも遅らせたい。こっちの世界を旅立つ運命だとしても、せめて二十回目の春を迎えてから向こうの世界に行ってほしい。単なる僕のわがままだけど、これが本心だ。
ただ、僕の影は神様の影と同じ形をしているのかもしれない。神の影は、悪魔の形。ソロモン72柱の悪魔の中のどれかは分からないけど。
まぁ、自分で考えていたことだけどオーディンだの神様だの、本当に馬鹿らしいと思う。現実世界でそんな事を考えていても、無駄だってわかってる。分かってるけど、現実逃避くらいしてもいいじゃないか。
さぁ、もう本当にちゃんと考えないといけない。逃げも隠れもできないから、翼さんの辿る道はしっかりと見届けようと僕は思う。
夏を迎えられない翼さんにもう一度向日葵を見せたかった。前はローズマリーだとかどうとか言ったけど、僕が今翼さんに見せたいのは向日葵だ。腕を伸ばしても背伸びしても届かない高さまで伸びたひまわりを見て、一緒に笑いたいと思った。