♪長峰響一

「何度見ても慣れないもんだ」

高橋さんご両親に伝えるべきことを伝えなければならない。娘さん本人が、延命治療を望まないことを。手術を受ける意思がないことを。
告知。医者をやっていて一番辛い瞬間がこれだ。余命を告げる、患者の意思を家族に伝える。その度に患者や患者の家族が悲痛な顔をする。泣き始める。なんにせよ俺は告知する時が一番嫌だ。
「先生、これ、高橋さんのカルテとMRIデータです…先生?」
「ん…?あぁ、ごめん江崎さん、ちょっと頭がぼやっとしてて」
「大丈夫ですか?ここ連日手術と外来でしっかり寝れてないんじゃないですか?」
「家に帰れてすらないよ、病棟の端っこの元々リネン室だった所で寝泊まりさ」
「そのうち先生が患者になっちゃいますよ」
「全くだよ、医者ってのもなかなかブラックだな」
「看護師の方もなかなか大変ですよ…。あ、1十三時に予約の高橋さんそろそろ来られます」
「あぁ、高橋さん…ね」
「どうしたんですか?あからさまに声のトーンが下がりましたよ」
「俺さ、今からこの高橋さんご夫妻になかなか辛い宣告をしなきゃならないんだよ。こういう宣告って映画とかドラマでも見るけどいざ自分がするってなったら本当に嫌だなぁって思っちゃって」
「何言ってるんですか、そんなこと覚悟もしないで医者になったんですか?私の知ってる長峰先生はどこ行っちゃったんですか?」
「いや、ごめん、なんかちょっとナーバスになっちゃってた。なってる。」
「何を宣告するのかは分かりませんが、事実を伝える。それが今長峰先生に出来る唯一の仕事ですよ」
「……ふっ、ははは」
「何笑ってるんですか……」
「いや、江崎さんには適わないなって思うのと同時に、俺って研修医の時から成長してないなって思ってさ」
「なに馬鹿なこと言ってるんですか。ほら、胸張ってないとダメですよ」
「分かったよ、見てくれだけでも整えておくことにする」
「それでいいんですって、そうでないと医者なんて仕事、神経使いすぎでやってらんないですよ、多分」
江崎さんと話している最中に、USBメモリをパソコンに挿して高橋翼さんのMRIとCTスキャンのデータを表示する。カルテに記載されている病名のとおり、彼女の心臓は同年齢女性の心臓の平均サイズと比較しても、通常のふた周りも肥大化してしまっていた。これではもういつ発作が起きて急変してしまってもおかしくはない。
途切れた会話が読影に集中させてくれた。心臓以外に彼女の身体に異変はないか。
心臓以外に際立った異変は見つからなかった。後は、この事実を彼女の両親に伝えるのみだった。
ある程度宣告する覚悟は決まった。時刻は十三時を少し回ったところ、外来の扉が開かれ、翼さんの両親が訪れた。