♪樋口翔太

「ローズマリーの花言葉」

ベッドから星を眺めるのにも飽きて、あの時の雨で水没したけど奇跡的に助かったスマホでネットサーフィンのような事をしてみた。そこで僕が気になったのは花言葉のまとめサイトだった。
花一つ一つに当てられた言葉を見ながら画面をスクロールしていった。薔薇には愛という言葉が似合うし、確かにアザレアには恋の喜びという言葉が似合うと思う。ちょっと知らなかった花もあるけど、どれも綺麗だし言葉も美しかった。今まで視界に入るものの中で、ここまで美しい組み合わせがあっただろうか。
退院したら翼さんにローズマリーを贈ろう。花言葉は「思い出」だ。ローズマリーを抱えるほどに沢山、プレゼントしよう。そして「思い出」を抱えて一緒に二人で生きていきたいと思う。
我ながらひどいロマンチストだと思う。でもまぁ何もしないよりは行動を起こす方がいいと思ったから、そう決めた。決めるだけなら自由だ。
検索アプリを閉じて、スマホを枕の横に放る。僕にとって、この四角い小さな機械はただの情報を収集する端末でしかない。メッセージアプリとかは入れてない。機械的な文字なんかじゃなくて、言いたいことはちゃんと手で書いて伝えたいっていう思いがあるからだ。めんどくさいやつだなと思う人もいるかもしれないけど、僕はこれでいいんだ。
夜がどんどん更けてきて、星座が少しずつ濃くなって、南中高度を通り過ぎていく。真っ赤なアンタレスが輝いて、蠍の心臓が脈打っている。今、地球の裏側にオリオン座は逃げて行っちゃっているんだ。冬になって、またオリオンが空に戻ってくる頃には僕らの関係はどうなっているだろうか。
待ってても何も通知の来ない、静かな情報端末を横目に、枕に頭を乗せる。今なら目を閉じれば普通に眠れると思うけど、そうしない理由は特にわからない。ただ目が冴えてしまって仕方がない。
カーテンを閉めようか迷った。少し手を伸ばしてこちら側に引けば簡単に閉められるけど、なんとなく手が止まった。いつもより星が綺麗に見えるわけでもないし、さっきみたいに雨が降っているわけでもないのに、多分無意識的に手が止まった。その姿勢のままちょっとだけ考えてすぐ分かった。手が止まった理由はきっと、夜を反射している真っ黒な鏡に自分の姿が映ったからだ。
久しぶりに真正面から自分の姿を見て、驚いた。体型こそそんなに変わらないけど、誰が見ても「疲れてる?」と聞かれるような、疲れた顔をした自分がそこにいた。睡眠も十分過ぎるほどにとってるし、食事も病院食だけはしっかり食べている。それなのに、なんで。というか、看護師さんとか翼さんにこんな顔見られたのか。末代までのとは言わないけど、ちょっとした恥だな。
結局伸ばした腕は何も掴まずにベッドの上に戻った。雨がやんで、まず月が明るさを取り戻して、その後にぽつぽつと小さな星たちが瞬き始める。とても綺麗だった。もし星空に触れることが出来るとして、触れてしまったらすぐに壊れてしまいそうな脆さもある気がした。
綺麗で脆いものなんて、この世界には大して存在しないように思えた。心とか、星空とか、ビー玉とか、大抵は身近にあるものだったりすると思う。傷つけば割れてしまうのは同じだけど、時にはとても強い面もある。豆腐メンタルとかガラスのハートとか言ってる人は、自分に対しての理解が薄い人なんだと思う。
僕はどうだろうって考えてみると、豆腐メンタルだとかまでは言わないけど、抱えた弱さがたまに見え隠れするくらいには弱い人間だった。
強さや弱さなんて、客観的に見て決めつけていいものなんかじゃない。だから、ちょっと話したことがあるからと言って「この人はこういう人なんじゃないかな」みたいな決め付けをされたり、見かけたりすると少し腹が立つ。耳が聞こえないから、人より少し勉強が遅れてる。そんなわけないんだ。