♪雪乃原未咲

「誰かのことを忘れたいがために誰かに好きなってしまう」



土砂降りの雨の中家に帰った。あまり傘も役に立たなくて、制服のスカートの裾が濡れてしまった。もちろん靴の中もびしょ濡れだった。でも今日に限っては雨が降っていたことに感謝した。なんなら傘なんて、さしたくもなかったけど。歩きながらずっと私は泣いていた。きっと雨が涙を隠してくれると思ったんだ。
樋口君にこの気持ちは届かないと知った時に、私の中で何かが弾けて涙腺が決壊した。今までにも誰かを好きになって、フラれたこともあったのにどうして樋口君だけはこんなに諦めがつかないんだろう。なんて考えるだけ無駄だった。「好きだと思って、思いが届かなくてどうしても泣きたくなる。」多分これが本当の恋だったんだって気づいたから。
今まで誰かを好きになって、フラれて、そのたびに忘れようとしてた。だから私はいつも前になんて進めなかった。こぼれた涙を拭うんじゃなくて乾くのを待つ。そんなんだから、いつも誰かを忘れたいがために誰かを好きになってきたんだ。
それが、傍から見たらどんなに馬鹿みたいに映るんだろう。そんな事は考えたくもなかった。
本当の恋が終わる時に星はとても綺麗に輝くって、もう放送が終わった好きなドラマで好きな俳優が言ってた。確かに空を見上げたら星が輝いてた。さっきまで土砂降りだと思ってたのに、もうほとんど雲もなくて、満天の星空だった。
少女漫画みたいな恋をして、玉砕して、いったい誰が慰めてくれるんだろう。ちょっと自分に酔った結果が多分これだ。私はやっぱり恋に恋してしまう、どうしようもない人間だった。
数学が好きだった私は、きっと樋口君と少しは相性がいい気がしてた。ただ、得意かって聞かれたらそうでもないけど、数学は大好きった。一つの式や命題には必ず解や真偽があって、数値が決まれば答えも決まる。そういった分かりやすい仕組みが魅力だった。でも、恋愛はそういう訳にはいかない。答えなんて決まってないし、文字にも当てはまらない。 それでも、フィボナッチ数列よりも美しくて、リーマン予想よりも複雑な恋なんてそこらじゅうに転がってると思う。
でも、樋口君は数学なんかじゃなくて星が好きだった。翼ちゃんも、星が好きだということはなんとなく分かってた。だからあの二人の間に私が入れないことは知ってた。私は星座なんかほとんど知らないし、そんなに興味もない。でも唯一、アルゴ座っていう星座には興味がある。
前の地学の授業で、先生がまる一時間星の話をしてた時に話題になって、気になったのがアルゴ座だった。トレミー四十八星座の一つだったアルゴ座が八十八星座に置き換わる時に唯一消えてしまった星座らしい。星になんの興味もなかった私がちょっとだけ気になった。
樋口君と翼ちゃんの赤い糸が絡まって、私の小指の糸は忘れられる。なんて無理矢理その星座の話に自分を重ねて、勝手に悲しくなって。バカみたい。
漂ってた赤い糸を掴んだとして、それが誰かの捨てた糸の切れ端だったら私はどうしただろう。分かんないけど、運命なんてものは存在しないと思うから、もしかしたら投げ捨てるだけなのかも知れない。そして風に漂わせて、ただ遠くなるのを見つめるんだ。