♪高橋翼

「似合う言葉、似合わない言葉」

病室の外は薄暗くて、なんとなく不安になった。非常階段の扉の上に点灯している緑と白のランプが視界に飛び込んできた。エレベーターの前までの、ほんの短いの距離がとても長く感じられた。歩幅のせいなのか、気分のせいなのかはわからないけど。
エレベーターの下るボタンを押して、機械が作動する音を聞く。こんな音でさえ、樋口君は聞こえないんだ。目の前で開いた扉の奥は、別のどこかへ言ってしまうんじゃないかと思うくらい眩しかった。でもそんなことはなくて、普通に一階についた。
外はもう暗くなってて、風が電線を鳴らしていた。自然の音は好きだけど、今日ばっかりはなんとなく聞く気にもならなかった。音が聞こえない人を好きになってるのに、自分だけが音を楽しむなんてできなかった。
見上げた空には満天の星が輝いていた。音じゃなくて、光なら共有できる。同じ空の下で星座を見る。はるか昔に繋がれた星座たちが、神話となって私たちの生活に溶け込んでいる。オリオンもカシオペアも白鳥さえも暗い大空に抱かれてると思うと凄くワクワクする。やっぱり私はオリオン座が好きだ。
前に樋口君は一等星だとか思ったけど、違った。一等星なんかじゃなくて、北極星だったと今なら思える。二等星だけど、全部の星のど真ん中にあって、揺るがない。私の心のど真ん中にずっといる。そんな存在だったんだ。カシオペアから辿っても北斗七星から辿ってもすぐに見つけられる。そんな星で、そんな人。
「一等星」って言葉よりかは「北極星」って言葉の方が似合う気がする。一番明るい星の総称より、一つしかない星の方がやっぱりいい。月よりも、星がいい。
似合う言葉も似合わない言葉も、その人に当てはめて考えないとわからない。広辞苑に乗っている二十四万の言葉全部が似合う人なんてどこにもいないし、全部が似合わない人もどこにもいない。
私たちに似合う言葉はなんだろう。想いあって、気持ちを繋いだ今日に「記念日」って名前をつけて自分たちに「恋人」って言葉を当てはめる。なんとなく似合わない。多分「恋人」よりは「相棒」とか「友達以上恋人未満」みたいなのの方がぴったりな気がする。なぜだろう。
前に先生から聞いたオリオン座の話を思い出しながら、ほかの星座も探してみる。でも月の光が強すぎてあまり星が見えない。ちょっと立ち止まって、あの眩しく輝いてる満月を雲が隠してくれるのを待ってみた。
空を見ながらだとまっすぐ歩けない。でも横を見ながらならまっすぐ歩ける。横に樋口君がいるっていう来るかどうかもわからない未来を頭の中で描いて、勝手に満足してた。まっすぐ歩く方法が知りたい。ぐちゃぐちゃに折れ曲がった道でもまっすぐ歩ければ、それでいい。どれだけ時間がかかっても、樋口君の隣で笑える日が来るのならいい。
家に帰りついて、家族に帰宅の挨拶をしてすぐに寝てしまった。今日のことは話すべきだったのだろうけど、もうそんな元気もなかった。布団に潜り込んで時計を見て、そして夢の中に落ちた。
この夜が明けた次の日、私たちは超えちゃいけなかった一線を超えてしまった。事故っていうちょっとした悲劇と二人の間の距離を乗り越えた私たちはちょっとだけ、早足で進んでしまったのかもしれない。やっぱり、私たちは道を間違った。