♪side:樋口翔太 Tragedy
「一回でいいから空を飛んでみたかった」
重そうな鉛色の空から雨が降り出した。朝は晴れてたから傘なんて持ってないし、仕方ないから濡れながら帰ることにした。こんな日くらい雨に濡れるのも今は悪くない気がした。
卒業式の日に告白してフラれるなんて、どこの少女漫画の話だろう。まぁ漫画じゃなくて現実なんだけどさ。なんて、落ち込んだ気持ちを無理やり持ち上げようと一人ノリツッコミみたいなことをしてみる。
なにはともあれ、僕は盛大にフラれたわけだ。今考えてみればそりゃそうかとすら思える。だって、耳が聞こえない、たいして顔がかっこいい訳でもなく、良く見積って中の下くらいだし、身長も平均くらいだし、スポーツなんてできるはずもない。モテる要素とか魅力なんて僕のどこを探せば見つかるのだろう。
「ねぇ、僕はどうすればよかったのかな」
なんて誰も答えをくれない質問を誰かに投げたかったけど、あいにく紙もないし、雨の中じゃ書けるはずもない。そんな日は、涙を雨が隠してくれて少し好都合だ。そういう時だけは、土砂降りの雨も悪くないのかもしれないと思ってしまう。自分勝手だ。
我ながら馬鹿な事考えるなぁと微妙な笑みを浮かべたままで、僕は点滅している青信号にまだ間に合うと軽く走って突っ込んだ。瞬間、僕の体が宙を舞ったのか、弾け飛んだのかはわからないけど、一瞬目の前に空が広がった。出来ることなら一回空を飛んでみたかったけど、何もこんな時じゃなくても。状況もわからないまま、今度は強い衝撃と痛みが瞬時に全身を襲って、目の前が真っ暗になった。今じゃない。馬鹿野郎。
_______________……
僕が目を覚ましたのは、多分近くの総合病院のベッドの上だった。強い消毒薬の匂いが鼻につく。カーテンの閉まってない窓の外には、重たい色をした夜がべっとりとへばりついていた。
無機質な病室にいることは理解できたが、一体僕はなんでこんな所にいるんだろう。と思った刹那、どっと冷や汗が吹き出した。
あろうことか、脚が動かない。切断されたわけでは無さそうなのに、意に反して腰から下が動かない。というか感覚がないと言った方がいいのかも知れない。
そういえば僕はいつだって運が悪い。耳が聞こえないまま生まれて、いじめられたりしながら生きて、高校でいじめが消えたと思ったら極度の心配で周りに迷惑をかけて、挙句本気の恋が実らなかったと来て今度は事故で下半身が動かないとか。全く、ここまで来ると笑えてくるね。もし神様がいるんなら、僕はその神様とやらに相当嫌われていることだろうな。
真っ暗な空を見ているのにも飽きたからカーテンを閉めた。クリーム色のそれが部屋に少しばかりか明るさを取り戻してくれたような気がした。気がしただけだ。
後悔なんて言葉は死んでも使いたくなかったけど、してもどうせ死なないから一つだけ後悔するなら、あの時信号に飛び出さなければよかったんじゃないかと思う。
「~すれば、~しなければ」ってな感じの後悔が一番ダサいと思う。だから、僕は「後悔」なんて言葉自体が土砂降りの雨と同じくらいに大嫌いだった。それなのに今、後悔してしまっている。そんな自分が憎たらしくて手首でも切ってしまいそうな気分だけど、あいにく刃物なんてものは無かった。
井戸の底よりも深いんじゃないかと思うようなため息をついて、なんとなく顔に違和感を覚えた。頬のあたりに触れてみた瞬間、刺すような痛みが走った。
それでやっと思い出したというか、認めることが出来たようにも思う。そうだ、僕は事故に遭ったんだ。と。
ただ大人しくベッドの上に沈黙している訳にもいかないし、どうにかしないといけないからとりあえずナースコールを押してみた。一分くらいですぐに看護師さんが来た。その看護師さんは僕の耳が聞こえないことを知ってたのか、筆談用のノートを持ってきてくれていた。
「樋口君。目が覚めたのね」
「今……何時ですか?」
「三月十一日の午後九時半ちょっと過ぎ」
「え、三月十一日……ですか?」
「二日間くらいかな、樋口君ずっと寝てたの。まぁ無理もないと思うけど」
「二日間……」
ぼやっとした頭がそんなことを認められるはずもなかった。そんな馬鹿な。
ちょっと理解し難いことだったから話題を変えようと気になったことを聞いてみた。
「どうして僕の耳が聞こえないことを知ってるんですか?」
「君の友達かな?一緒に救急車に乗ってきた女の子が教えてくれた。それに、救急隊の呼び掛けにも答えなかったらしいから」
「一緒に救急車に乗ってきた女の子?その人の名前分かりますか?」
「高橋翼さんって言ってたけど……」
あぁ、ちょっともういい加減にして欲しい。ほんとにこんな時にも僕の頭の中に入ってくるのかよ。どうして諦めようとしているところにいつもいつもひょっこり出てくるんだ。これじゃ諦められないじゃないか。
驚きとか嬉しさとかじゃなくて半分呆れたような気持ちになった。離れようとしてるのに、心だけは抵抗して結局諦めきれなくて。弱いまんま片思いを続けた結果がこれじゃ神様にも笑われちゃうなぁ。神様なんてものがいるのかどうかも分かんないんだけど。
「一回でいいから空を飛んでみたかった」
重そうな鉛色の空から雨が降り出した。朝は晴れてたから傘なんて持ってないし、仕方ないから濡れながら帰ることにした。こんな日くらい雨に濡れるのも今は悪くない気がした。
卒業式の日に告白してフラれるなんて、どこの少女漫画の話だろう。まぁ漫画じゃなくて現実なんだけどさ。なんて、落ち込んだ気持ちを無理やり持ち上げようと一人ノリツッコミみたいなことをしてみる。
なにはともあれ、僕は盛大にフラれたわけだ。今考えてみればそりゃそうかとすら思える。だって、耳が聞こえない、たいして顔がかっこいい訳でもなく、良く見積って中の下くらいだし、身長も平均くらいだし、スポーツなんてできるはずもない。モテる要素とか魅力なんて僕のどこを探せば見つかるのだろう。
「ねぇ、僕はどうすればよかったのかな」
なんて誰も答えをくれない質問を誰かに投げたかったけど、あいにく紙もないし、雨の中じゃ書けるはずもない。そんな日は、涙を雨が隠してくれて少し好都合だ。そういう時だけは、土砂降りの雨も悪くないのかもしれないと思ってしまう。自分勝手だ。
我ながら馬鹿な事考えるなぁと微妙な笑みを浮かべたままで、僕は点滅している青信号にまだ間に合うと軽く走って突っ込んだ。瞬間、僕の体が宙を舞ったのか、弾け飛んだのかはわからないけど、一瞬目の前に空が広がった。出来ることなら一回空を飛んでみたかったけど、何もこんな時じゃなくても。状況もわからないまま、今度は強い衝撃と痛みが瞬時に全身を襲って、目の前が真っ暗になった。今じゃない。馬鹿野郎。
_______________……
僕が目を覚ましたのは、多分近くの総合病院のベッドの上だった。強い消毒薬の匂いが鼻につく。カーテンの閉まってない窓の外には、重たい色をした夜がべっとりとへばりついていた。
無機質な病室にいることは理解できたが、一体僕はなんでこんな所にいるんだろう。と思った刹那、どっと冷や汗が吹き出した。
あろうことか、脚が動かない。切断されたわけでは無さそうなのに、意に反して腰から下が動かない。というか感覚がないと言った方がいいのかも知れない。
そういえば僕はいつだって運が悪い。耳が聞こえないまま生まれて、いじめられたりしながら生きて、高校でいじめが消えたと思ったら極度の心配で周りに迷惑をかけて、挙句本気の恋が実らなかったと来て今度は事故で下半身が動かないとか。全く、ここまで来ると笑えてくるね。もし神様がいるんなら、僕はその神様とやらに相当嫌われていることだろうな。
真っ暗な空を見ているのにも飽きたからカーテンを閉めた。クリーム色のそれが部屋に少しばかりか明るさを取り戻してくれたような気がした。気がしただけだ。
後悔なんて言葉は死んでも使いたくなかったけど、してもどうせ死なないから一つだけ後悔するなら、あの時信号に飛び出さなければよかったんじゃないかと思う。
「~すれば、~しなければ」ってな感じの後悔が一番ダサいと思う。だから、僕は「後悔」なんて言葉自体が土砂降りの雨と同じくらいに大嫌いだった。それなのに今、後悔してしまっている。そんな自分が憎たらしくて手首でも切ってしまいそうな気分だけど、あいにく刃物なんてものは無かった。
井戸の底よりも深いんじゃないかと思うようなため息をついて、なんとなく顔に違和感を覚えた。頬のあたりに触れてみた瞬間、刺すような痛みが走った。
それでやっと思い出したというか、認めることが出来たようにも思う。そうだ、僕は事故に遭ったんだ。と。
ただ大人しくベッドの上に沈黙している訳にもいかないし、どうにかしないといけないからとりあえずナースコールを押してみた。一分くらいですぐに看護師さんが来た。その看護師さんは僕の耳が聞こえないことを知ってたのか、筆談用のノートを持ってきてくれていた。
「樋口君。目が覚めたのね」
「今……何時ですか?」
「三月十一日の午後九時半ちょっと過ぎ」
「え、三月十一日……ですか?」
「二日間くらいかな、樋口君ずっと寝てたの。まぁ無理もないと思うけど」
「二日間……」
ぼやっとした頭がそんなことを認められるはずもなかった。そんな馬鹿な。
ちょっと理解し難いことだったから話題を変えようと気になったことを聞いてみた。
「どうして僕の耳が聞こえないことを知ってるんですか?」
「君の友達かな?一緒に救急車に乗ってきた女の子が教えてくれた。それに、救急隊の呼び掛けにも答えなかったらしいから」
「一緒に救急車に乗ってきた女の子?その人の名前分かりますか?」
「高橋翼さんって言ってたけど……」
あぁ、ちょっともういい加減にして欲しい。ほんとにこんな時にも僕の頭の中に入ってくるのかよ。どうして諦めようとしているところにいつもいつもひょっこり出てくるんだ。これじゃ諦められないじゃないか。
驚きとか嬉しさとかじゃなくて半分呆れたような気持ちになった。離れようとしてるのに、心だけは抵抗して結局諦めきれなくて。弱いまんま片思いを続けた結果がこれじゃ神様にも笑われちゃうなぁ。神様なんてものがいるのかどうかも分かんないんだけど。