♪side:樋口翔太 プロローグ

「三百四十メートルがどうしようもなく憎らしい」


僕は、土砂降りの雨と同じくらいに「後悔」という言葉が大嫌いだ。誰かを愛することも、誰かに愛されることも嫌いじゃなかったはずなんだけど。そんな当たり前のように続く日々にうんざりし始めたのは、きっと銀色のナイフに灰色の世界が映ったからだ。こんなクソほど醜い世界で何に希望を持てばいいのだろうか。僕には到底わからない。し、わかりたくもない。
「後悔してる」って人は言う。それがどうしたの。って僕は思うんだ。震災とか原発事故とかでも、「頑張ろう、日本」って決して折れない国なのに、「残業」のたった二文字に自殺に追いやられるのはどうしてなの。百万ドルの残業代の夜景がとても綺麗だ。ビルの灯りがひとつ消えた。また、誰かの命の蝋燭の灯りもがひとつ消えた。
そうだね。きっとあの子への愛もいつかはそうやって雨で増水した激流の川に流されるように消えんだろうね。そう思ってて隣にいるのに笑顔は仮面で心は罅の入った薄氷なんだ。笑っちゃうよね。偉そうな事言っといて自分は後悔してるんだから。「あの時こうしとけば良かった」っていう後悔が一番ダサい後悔だと思うのに。それでもそんな後悔をしてるんだから。
伝えた気持ちに後悔はないけど、これでよかったのかな。納得したくないだけだし、できないし。どう足掻いてもまともに届かないから、悔しくて悲しくて。それでも前は向いていたいとは思ってる。だって、今、振り向いた瞬間に昨日の自分に首を掴まれそうで怖いんだ。君はどう思う?これを読んでいる、そう、君だよ。この世界をどう思ってるの?僕はあまり好きじゃないかな。脆くて、美しい世界は。だからたったの三百四十メートルがどうしようもなく憎らしいんだ。
くだらないね。光は目に届くのに、音は聞こえない。なんて愚痴っていても仕方が無いのにね。

――そんなことは置いといて、さぁ、そろそろ本題に入らなくちゃね。よければ聞いていってほしいな。音を失った僕と、あの子との小さな、でも美しかったはずの恋の物語を。