藤原静姫、就職浪人確定――。
私はスマートフォンを握りしめながら、大学の中庭のレンガに膝から崩れ落ちた。
まだ冬の寒さを含んだ風がセミロングの私の髪をなぶる。
なぜ? どうして――?
いま立て続けに来た五本のメールを何度も読み返した。どれもこれもお祈りメール。私の未来を祈るより、私に未来を頂戴……。
私は大学英文学部の四年生。明日は卒業式を控えている。大学の単位はクリア済み。しかし、私にはひとつも内定がなかった。
自分で言うのも何だけど、学業成績は悪くない。
性格だって、これも自分で言うのはあれかもしれないけど、真面目なつもり。明るい印象にするために大学二年生のときにメガネをやめてコンタクトにした。髪は少しだけ茶色いがこれは地毛だ。就職試験では、あまりにも美人過ぎるとかえって落とされるとまことしやかにゼミの先生に聞かされたけど、私に限って言えばその心配はない。色白の肌と切れ長でまつげの長い瞳はかすかな自慢だったけど、夜の町よりは昼間の保育園の保母さんの方が私には似合っていると思う。
しかし、ダメだった。
私はのろのろと立ち上がり、そばのベンチに腰を下ろす。お尻からベンチの冷たさがしんしんと沁みてくる。
思わず天を仰いだ。まだ新芽しか見えない大学構内の木の枝が、空に伸びている。どんなに枝を伸ばしても空には届かない。いまの私みたいだと思った。
面接二百連敗。我ながら嘘みたいだけど、本当の話だ。
大学三年生になって就職活動を始めた頃は余裕があった。このご時世、受けた就職面接がぜんぶ通るなんてことはない。友達もお祈りメールをもらっては、互いに慰め合い、励まし合った。
大学四年になってもこの調子で、かなり焦りが出てきた。
自己分析や自己PRに関する就職活動必勝本みたいな実用書は相当読み込んだのに……。
しかし、〝分かる〟と〝できる〟は違う。就職活動必勝本にもそんなことが書いてあったっけ。
「どの会社も見る目がないよね! 静姫に内定を出さないなんて!」
と、ゼミ仲間の明日花がレモンサワーを飲みながら、憤慨していた。
「ありがとう。でも、こればっかりはご縁とかもあるだろうし」ちなみに、私はただの烏龍茶です。
明日花は私以上に内定を出さない企業たちに怒り、一生懸命励ましてくれていた。大学四年の冬を過ぎても心を折らなかったのは、ひとえに彼女の励ましのおかげだった。
だけど――私には人に言えない秘密がある。
フライドポテトをつまみながら、ふと思い出したように明日花が指摘した。
「静姫ってさ、ときどき私の頭の上を見てしゃべるよね」
「え?」
ほんのり頬が赤くなった明日花が、自分の頭の上の空間を手でかき混ぜた。
「このへんを見ながらしゃべるでしょ。あと私の肩の上とか。そういうときの静姫って、何かこう、違うんだよね」
「〝違う〟……」
「うん。何か違う」
〝怖がっている〟とか、〝避けてる〟とか言わなかったのは、明日花の優しさだと思う。
いまも実は、ちょっと彼女の肩の上を見ている。
リクルートスーツの明日花の肩のところに、ひとつ目の小さな生き物が乗っているのが見えていた。明日花には見えない生き物だ。
大きさは文庫本くらいのサイズ。形としては、痩せ型で猫背の人間に近いけど腰巻きだけで半裸。生き物としての名前は分からないけど、禿げたひとつ目の小鬼、といえば何となくイメージできるだろうか。物珍しそうに私を見てけたけた笑ったり、明日花の頭の上に上ろうとしたりしている。明日花は気づいていない。気づいていたら、気味悪くて悲鳴を上げて卒倒するだろう。この小鬼のあやかしは初めて見るから、居酒屋の他のお客さんが連れてきていたものか、通りすがりのものかどちらかだろう。害を与えてこないようだけど、気持ちがいいものではない。もっとかわいいやつならいいのに。
飲み屋の他の誰かのところにいたのものが、明日花の肩に遊びに来たのかもしれない。何かもう、いろいろおかしい。そもそも目がひとつしかないという段階でおかしいでしょ。何もかもが尋常ではない。
何度目をこすっても、目をこらしても、いつものごとく見間違いではなかった。
それもそのはず、私にはこの世の人間には見えない〝あやかし〟たちが見えてしまうのだ。これが私の秘密だった。
生まれつき、普通の人の目に見えない、妖怪とか妖精とか、〝あやかし〟が見えた。
そいつらはどこにでもいる。
人の頭の上に乗っていることもあれば、空を飛んでいることもある。旅をしている者もいれば、いわゆる付喪神のように特定のモノに取り憑いている者もいた。
行動パターンは、これまで見てきた連中は野生の動物に限りなく近い。
私があやかしの見える人間だと分かれば、怖がって逃げていくものもいるし、逆にたちの悪いあやかしなら襲いかかってこようとしたり、悪戯してきたりするものもいる。
それに加えてあやかしだけではなく、死んだ人の霊も見えてしまう。
物心ついて、どうやらこれは普通ではないということを悟った。
けれど、悟ったところで、あやかしが見えなくなるわけではない。
私はスマートフォンを握りしめながら、大学の中庭のレンガに膝から崩れ落ちた。
まだ冬の寒さを含んだ風がセミロングの私の髪をなぶる。
なぜ? どうして――?
いま立て続けに来た五本のメールを何度も読み返した。どれもこれもお祈りメール。私の未来を祈るより、私に未来を頂戴……。
私は大学英文学部の四年生。明日は卒業式を控えている。大学の単位はクリア済み。しかし、私にはひとつも内定がなかった。
自分で言うのも何だけど、学業成績は悪くない。
性格だって、これも自分で言うのはあれかもしれないけど、真面目なつもり。明るい印象にするために大学二年生のときにメガネをやめてコンタクトにした。髪は少しだけ茶色いがこれは地毛だ。就職試験では、あまりにも美人過ぎるとかえって落とされるとまことしやかにゼミの先生に聞かされたけど、私に限って言えばその心配はない。色白の肌と切れ長でまつげの長い瞳はかすかな自慢だったけど、夜の町よりは昼間の保育園の保母さんの方が私には似合っていると思う。
しかし、ダメだった。
私はのろのろと立ち上がり、そばのベンチに腰を下ろす。お尻からベンチの冷たさがしんしんと沁みてくる。
思わず天を仰いだ。まだ新芽しか見えない大学構内の木の枝が、空に伸びている。どんなに枝を伸ばしても空には届かない。いまの私みたいだと思った。
面接二百連敗。我ながら嘘みたいだけど、本当の話だ。
大学三年生になって就職活動を始めた頃は余裕があった。このご時世、受けた就職面接がぜんぶ通るなんてことはない。友達もお祈りメールをもらっては、互いに慰め合い、励まし合った。
大学四年になってもこの調子で、かなり焦りが出てきた。
自己分析や自己PRに関する就職活動必勝本みたいな実用書は相当読み込んだのに……。
しかし、〝分かる〟と〝できる〟は違う。就職活動必勝本にもそんなことが書いてあったっけ。
「どの会社も見る目がないよね! 静姫に内定を出さないなんて!」
と、ゼミ仲間の明日花がレモンサワーを飲みながら、憤慨していた。
「ありがとう。でも、こればっかりはご縁とかもあるだろうし」ちなみに、私はただの烏龍茶です。
明日花は私以上に内定を出さない企業たちに怒り、一生懸命励ましてくれていた。大学四年の冬を過ぎても心を折らなかったのは、ひとえに彼女の励ましのおかげだった。
だけど――私には人に言えない秘密がある。
フライドポテトをつまみながら、ふと思い出したように明日花が指摘した。
「静姫ってさ、ときどき私の頭の上を見てしゃべるよね」
「え?」
ほんのり頬が赤くなった明日花が、自分の頭の上の空間を手でかき混ぜた。
「このへんを見ながらしゃべるでしょ。あと私の肩の上とか。そういうときの静姫って、何かこう、違うんだよね」
「〝違う〟……」
「うん。何か違う」
〝怖がっている〟とか、〝避けてる〟とか言わなかったのは、明日花の優しさだと思う。
いまも実は、ちょっと彼女の肩の上を見ている。
リクルートスーツの明日花の肩のところに、ひとつ目の小さな生き物が乗っているのが見えていた。明日花には見えない生き物だ。
大きさは文庫本くらいのサイズ。形としては、痩せ型で猫背の人間に近いけど腰巻きだけで半裸。生き物としての名前は分からないけど、禿げたひとつ目の小鬼、といえば何となくイメージできるだろうか。物珍しそうに私を見てけたけた笑ったり、明日花の頭の上に上ろうとしたりしている。明日花は気づいていない。気づいていたら、気味悪くて悲鳴を上げて卒倒するだろう。この小鬼のあやかしは初めて見るから、居酒屋の他のお客さんが連れてきていたものか、通りすがりのものかどちらかだろう。害を与えてこないようだけど、気持ちがいいものではない。もっとかわいいやつならいいのに。
飲み屋の他の誰かのところにいたのものが、明日花の肩に遊びに来たのかもしれない。何かもう、いろいろおかしい。そもそも目がひとつしかないという段階でおかしいでしょ。何もかもが尋常ではない。
何度目をこすっても、目をこらしても、いつものごとく見間違いではなかった。
それもそのはず、私にはこの世の人間には見えない〝あやかし〟たちが見えてしまうのだ。これが私の秘密だった。
生まれつき、普通の人の目に見えない、妖怪とか妖精とか、〝あやかし〟が見えた。
そいつらはどこにでもいる。
人の頭の上に乗っていることもあれば、空を飛んでいることもある。旅をしている者もいれば、いわゆる付喪神のように特定のモノに取り憑いている者もいた。
行動パターンは、これまで見てきた連中は野生の動物に限りなく近い。
私があやかしの見える人間だと分かれば、怖がって逃げていくものもいるし、逆にたちの悪いあやかしなら襲いかかってこようとしたり、悪戯してきたりするものもいる。
それに加えてあやかしだけではなく、死んだ人の霊も見えてしまう。
物心ついて、どうやらこれは普通ではないということを悟った。
けれど、悟ったところで、あやかしが見えなくなるわけではない。