それからすぐあと、私は再び大旦那である泰明さんの前に正座していた。

「おかえりなさい、静姫さん」

 先ほどと変わらない、どこか楽しげな声だ。

「はい――」

 私は、泰明さんの顔を見る気力もなく、ただうなだれていた。

「それにしても見事にやってくれたね」

 がちゃりと音がする。泰明さんの文机の上には、ものの見事に割れた大皿十枚が風呂敷の上に置かれていた。細かな絵が描かれていて、ぱっと見たところかなり高級なお皿に見える……。

 私の隣にはさっきの板前姿の女性、三浦絵里子さんが白い板前帽を握りしめて、こちらもうなだれて正座している。彼女は「いざなぎ旅館」の板前なのだそうだ。

「大旦那さま、これは私の不注意もあって」

「いやぁ、絵里子さんは何も悪くないよ。大旦那に言われて皿を運んでただけなんだからさ」

 そう弁護したのは外から戻ってきた善治郎さんだ。正体が鬼、と聞いたせいか、しわ深い目の光り方がとても厳しく見える。葉室さんが善治郎さんの後ろで無言で暗い顔をして控えていた。

 泰明さんが苦笑しながらため息をつく。

「静姫さん、顔を上げて」

「はい――」

お白洲(しらす)に引き出された心境です。

「このお皿はずいぶん高価なものでね。普段は使わないのだけど、今度来る神さまたちのおもてなしに使おうと思ってて、状態を私の目で確かめたかったんだ」

「はい……」

 でも、これじゃ使えないよねと、皿の破片を持ち上げて泰明さんが口をへの字にした。私もそう思います……。

「絵里子さん、仕方がないから違うお皿を準備してほしい」

「わかりました」
と絵里子さんが洟を啜っていた。

「さて、静姫さん」
と泰明さんが改まる。いよいよ判決だろうか。

「はい」

「このお皿、何でも室町時代の品で、しかも十枚ぜんぶそろっていて状態もいいということで結構な値がついているんだよ」

「ち、ちなみにおいくらくらいでしょうか」

「一千万円」

 めまいがした。

「い、一千万円ですか……」

 少し吐き気もした。

「うん。一千万円。陰陽師の私としては、諸行は無常で、この世に壊れないモノはないと思ってるんだけどね」

「そ、そうなんですか」

 ひょっとして温情判決いただけそう?

 しかし、泰明さんは実に実に残念そうにため息をついた。

「けれども、私はこの旅館の経営者なんだよね」

 目の前が暗くなった。

「はい……」

「このお皿も、店の財産として確か計上していたんじゃなかったかな、善治郎さん」

「うん。資産計上しているよ。何しろ国宝級のお宝だから」
と、善治郎さんが何度も頷いている。国宝級……。

「となると……」と、泰明さんが厳しい表情になった。「弁償、してもらわないといけないね」

 しかし、私にそんなお金はない。両親だってそんなお金はない。

 ならば、方法はただひとつ。


 働いて返すしかない――。


 私は腹をくくった。

「ここで働かせてくださいっ」

「まあ、そうだよね」と泰明さんが苦笑している。

「そうなるよな」と葉室さんが大きく深くため息をついた。

「それしかねえな」と善治郎さんが頷いている。「まあ、みんないい連中ばっかりだから頑張りなよ」

 そう言った善治郎さんの目が、一瞬、金色の独特の目になった。ほんとに鬼なんだ――。

 逃げられない……。


 超絶イケメン陰陽師の大旦那、クールな美形の葉室さん、好々爺だけど鬼の善治郎さん。私の人生でもっとも魅力的でアブナイ男性たちに囲まれて働くことになりました。


 藤原静姫、無事、就職。

一千万円の借金を背負い、返済するまで働きます……。