葡萄狩りの話しから
十日程たったある水曜日。

『ただいま』

玄関で靴を脱ぎながら言う。

そして、葵君が
出迎えてくれる。

『大海、それ、どうしたんだ』

お帰りより先に
それが出たのは
俺の左頬が赤くなり
腫れていたからだろう。

『ちょっとね』

苦笑いをしてはぐらかし、
もう一度、ただいまと言った。

『あ、お帰り』

戸惑いながらも
今度はお帰りと言ってくれた。

『大樹君が帰って来たら
これの説明するから』

自分の頬を
指差しながら言って、
不安そうな顔をした
葵君をリビングに向かわせ
俺は洗面所に向かい
手を洗って戻ると
紗葵君にも驚かれた。

それから一時間程して
大樹君が帰って来た。

「ただいま」

さっきの俺と同じ台詞。

『お帰り、大樹君』

「あ、やっぱり腫れたな」

そう、大樹君は
どうして俺の頬が
腫れているか
理由(わけ)を知っている。

「何か知ってんのか?」

紗葵君が
怪訝そうな顔をした。

「それは、本人に聞け」

まぁ仕方ないか。

『羽下さんって
看護師さん覚えてる?』

この頬の腫れは
彼女に叩かれたからだ。

「親父の
担当看護師だった女だろう?」

紗葵君は覚えてたんだ。

『あぁ……』

葵君はあのことが
あるから思い出したく
ないのかな?

まぁいいか。

『その羽下さんに
ひっぱたかれたんだ』

『あれが原因か……?』

隣に居る葵君が
少し震えてるのに気付いた。

『そうだけど、
心配しなくて大丈夫だよ』

年下だけど、
俺も男だから
好きな人のためなら
これくらいのこと何でもない。

「さっぱり
話しが見えねぇんだけど」

「サキは鈍いなぁ」

鈍いと言われ、
更に笑われて怒り出した。

「あの羽下って看護師は
アオのことが
好きだったんだよ。

だけど、ヒロが居るから断った。

当然ヒロが邪魔なわけで
今日、たまたま
デパートで居合わせた
ヒロをひっぱたいたって流れだ」

解ったか? と紗葵君に
丁寧に説明した大樹君。

『大海、大丈夫か?』

震える手で腫れた
左頬を撫でくれる。

『大丈夫だよ』

安心させるように
葵君を抱きしめた。

普段は逆なんだが
今は震えてる葵君を
包み込んであげたかった。

「大海、
ひっぱたかれた時
何か云(い)われたか?」

『色々言われたよ
全部予想の範囲内だけど』

別れろだの、
相応しくないだの……

流石に同性のくせにとは
言えなかったみたいだ。

だって、それを言ったら
俺と結婚した葵君も
否定することになるからだ。

『何云われたんだ?』

黙って話しを聞いていた
葵君が震える声で聞いて来た。

『別れろとかそんなんだよ。

だけど、俺は
別れる気なんて
さらさらないし、

例えば誰かに
脅されたからって
別れる気にはならないでしょう?』

俺の質問に頷いた。

『そういうことさ。

だから、この怪我も
葵君を誰かに
渡さないための
代償だと思えば軽いもんだよ』

抱きしめていたのを
一旦離し、背伸びをして
葵君にキスをした。

『んん、はぁ、ひろ……』

震えが止まったみたいだ。

唇を離して、また抱きしめた。

「俺たちは、
誰か一人欠けたら
全員が駄目になるんだろうな」

その言葉に紗葵君が
当たり前だろう!!
と叫んだ。

大樹君のいう通り、
誰か一人欠ければ
駄目になるだろう。

“夫婦”なのだから。

例えば、大樹君亡き後
紗葵君を慰められるかと
聞かれれば、即答で
無理と答えられる。

これは、
兄である葵君でも
同じ答えだろう。

逆に葵君亡き後、
二人に慰めて
もらっても直ぐには
立ち直れないと
迷いなく言える。

俺に感化されたのか
普段はあまり積極的じゃない
紗葵君まで大樹君にキスをした。

『珍しいな紗葵』

葵君が笑ってくれてホッとした。

『俺には葵君が
紗葵君には大樹君が
いてくれないと
他の誰かじゃ駄目なんだよな』

三人に問い掛けると
三者三様の返事が返って来た。

当たり前だろうと
言ったのは勿論紗葵君。

当然だ!!
と言ったのは大樹君

そして最後に葵君は
言葉じゃなくて行動だった。

あの時と同じように
左手の指輪にキスをした。