その部屋には、机もなく、ベッドもなく、本棚もなかった。
 クロゼットも、クーラーも、姿見も、
 壁に掛けた中学校の制服も、
 私の部屋とお揃いのカーテンも、
 読みかけのコミック本も…。
 翠の生活の痕跡は、何一つ残っていなかった。

 あるのは、家電品の梱包材、冬物の衣類が入った収納ケース、暖房器具。
 新品のままで忘れ去られた健康器具、防災用品、非常食料。
 まるで、物置代わりだ。
 この部屋にある諸々の物は、庭の隅にある簡易物置に置いてあった筈。
 これを全部、翠ひとりで運んだの?! しかも、一晩で…?

 昨日はそんな音などしていなかった。
 だいいち、廊下の反対側は両親の寝室だ。
 こんな大量の荷物を出し入れしたら、家族の誰かが気づかぬ筈がない。

 不思議な点はそればかりではない。
 部屋の奥の方に、私が幼いころ読んだ絵本や玩具が積み上げてあるのだが、薄らと
埃を被っている。
 まるで、十年以上この部屋に放置されていたかのようだ。

 何が何やら、頭が混乱してきた。
 でも、一つだけ確かなことがある。
 それは、翠が居ないという事実だ。