冷静になって、自分のしなければならない事を考える。
 まず一番に、猫のミドリを見つけること。
 次に、あの謎の髭猫を見つけること。
 よし!
 そう決めると、私は外出できるように、高校の制服に着替えた。
 猫のミドリが、制服についた私の匂いを嗅ぎ取ってくれるかもしれない、そう期待
したからだ。
 それから私は、飾ってあるカワセミの缶バッチを一つ取り、スカートのポケットに
しまい込んだ。
 何かの拍子に、翠の事を忘れてしまった場合の用心だ。
 カワセミ ⇒ 翡翠 ⇒ 翠 の連想で、翠を思い出せるようにしておこう。 

 準備良し。それでは早速。
 そう、思って部屋を出てから大変な事に気がついた。
 私は、猫のミドリの姿を知らないのだ。
 猫の種類も、体の色も柄も、何もかも。
 困った、これじゃ探しようがない。

 お母さんに尋ねてみようか?
 でも、翠の事を忘れてしまうかもしれないし…。
 ええい、考えていても仕方がない。
 階段を下りて、ダイニングに入る。
 すると、お母さんがダイニングテーブルの傍らにボンヤリと立っていた。
 昨日まで翠が食事をしていた場所に、右手の掌を置きながら…。

「どうしたの、お母さん?」
「…ん。何だか、ここにいると不思議な気持ちになるの。寂しいような、何か大事な
事を忘れているような。何とも言えない、変な気分…」
 お母さんも、心のどこかで翠の事を覚えていて、寂しさを感じているんだ。
 ごめんなさい、お母さん。私のせいで…。
 私はお母さんを背中から抱きしめる。
「どうしたの。美寿穂?」
 私は、母に気づかれぬよう涙をぬぐい、
「何でもない…」と答える。