猫になったイモウト

「大丈夫。怪我はなかった? 濱野さん」
 不意に声をかけられ、慌てて振り向く。

 そこに、自転車に乗った心配顔の三笠くんが立っていた。
 えっ、ええーっ。何でここに三笠君が??
 今の、見られたの?

「立てる?」
 三笠くんが手を差し出す。
 私はおっかなびっくり、その手を握る。
 三笠くんの手の暖かさと、湿り気を感じる。

 途端に顔がリンゴ色になる。顔が熱い。頭から湯気が出てるんじゃないか。
 三笠くんの手を頼りに立ち上がる。
 でも、とても顔を合わせられない。

「だ、大丈夫です」
 と震えた声で答える。
「じゃ、じゃあ」
 と、その場から逃げるように、走り出した。
「あ、ちょっと。濱野さん。濱野さん」
 三笠君の呼び止める声を、聞こえないふりをして走り続ける。
 
 なんていう失態。
 信号無視して、交通事故に遭いそうな場面を、三笠くん見咎められるなんて。
 あっ!
 私、三笠くんに起こして貰ったのに、お礼を言ってなかった。
 なんてこと…。最低だ私…。

 目に涙があふれてくる。
 もう、三笠くんへの告白なんて、もっての外だ。
 三笠くんを好きでいることが、罪であるようにさえ思えてしまう。

 家に帰りつく。
 私は、タダイマの挨拶もそこそこに、二階の自室に逃げ込んだ。
 なんてことをしたんだろう。私。
 失態を見られた上に、親切のお礼も言わずに逃げてきた。
 悲しいというより、悔しい。
 せめて一言「ありがとう」と言えば良かった。
 馬鹿だ、馬鹿だ、私は。ほんと最低。

 自己嫌悪に陥る。私は自分が嫌い。
 大事なときに、するべき行動の出来なかった私。
 自己嫌悪。自己嫌悪。自分の全身が自己嫌悪で出来ているくらいに自己嫌悪。
 悔しい。ほんと、自分が悔しい。
 私は、机に突っ伏して、涙にならない後悔の涙を流し続けた。
 いつまでも、いつまでも。