パッパッー。
 けたたましい警笛。
 それに続いて、キキーッというタイヤの悲鳴。

 私の数十センチ手前で、自動車が止まる。
 私はその場に尻餅をつく。
「馬鹿野郎。どこ見て歩ってるんだ」
 へたり込んだ私に、罵声が浴びせられる。
 目の前の信号を見ると、まだ赤のままだ。
 どうやら、私は信号無視をしてしまったらしい。

「す、すみません」
 目に涙が滲む。その滴が零れるのを、懸命にこらえながら頭を下げる。
 惨めだ。
 よく見ると、私の尻餅に巻き込まれたのか、さっきの猫が大の字で伸びている。
 
 私を撥ねそこなった自動車が、轟音を立てて走り去っていく。
 腰を抜かしたままの私と猫が、その自動車を見送る。
 太った白黒のブチ猫。黒い顔で鼻の下だけ白いのが、口髭のようで偉そうだ。

「あんたも、災難だったね」
 私は尻餅のまま猫を抱き上げる。
 そのまま、立ち上がろうとすると、その猫は地面に手を伸ばして、暴れている。
 よく見ると、地面にドラ焼きが落ちていた。
「これ、あんたのなの?」
 ドラ焼きを拾い上げ、猫の目の前にかざすと、
―それは、俺のだ―
 と言わんばかりにドラ焼きをひったくって、前足で抱え込んだ。

「あんた、ド〇え〇ん?」
 そう言いながら、猫を地面に下すと、ドラ焼きを口に咥えて、走り去った。

 何なのよ、もう。イーっだ。
 特に恨みがあるわけではないが、猫に向かって、鼻のシワを造ってみせる。