お父さんが、出て行ったので、私とお母さんだけが、取り残される。
 気を遣っているのか、お母さんは当たり障りのない世間話をする。
 私も、それに倣う。
 だんだん、普段の生活のリズムに戻ってきた気がする。

 お母さんの世間話は続く。
 向かいの渡辺さんから、旅行のお土産を貰った話。
 家庭菜園でトマトやピーマンが採れた話。
 行きつけの和菓子屋の新商品の話。

 そんな何でもない、話に付き合った。
 今日は、一日休みだ。とにかく、今日はノンビリと過ごそう。

「そうそう、そういえば。咲穂里ちゃん、ファッションショーの出るんだってよ」
「咲穂里姉ちゃんが?」
 急に話題が変わった。
 咲穂里姉ちゃんは私の従姉。大学生で、この四月から一人暮らしを始めた。

「大学のオープンキャンパスとかいうので、ファッションショーやるんだって」
 そうだ、咲穂里姉ちゃん、服飾関係の学部に行ってるんだっけ。
 大学って、そんな事もやるんだ。にわかに興味が湧いてきた。

「それ、見てみたいな」
「でも、恥ずかしいから来ないでって言ってるみたいよ」
「えーっ! 見たい! 見たい!」
「でもねえ」
「みんなして見に行こうよ。サプライズでさ。翠だって、行きたいでしょ」
 そう言いながら、私の顔が自然と左を向く。

 でも、そには誰もいない。
 あれ!? 一体どうしたんだろ、私。
 気が付くと、目の前のお母さんが、また心配そうな顔で私を見ている。

「ごめん…。なんか、まだ…。夢のことが…」
 と小さくなって言い訳。
 気まずい雰囲気の中で食事を終え、後片付けをすますと
「すこし休む」
 と言い残して、逃げるように二階に上がった。