「濱野さん。ちょっと」
 三笠君に呼び止められた。
「何…ですか?」と三笠君の前であらたまる。
「そのぉ…。まだ、思い出さないかな?」
 思い出す? いったい何をおもいだすというのだ。
 私が怪訝な顔を作る。
 それを見て、三笠君はちょっと考えてから、右手の人差し指の腹を自分の唇に押し
当ててみせる。

 ん?
 なんのサイン?
 三笠君は謎の微笑を湛えたままで、私を見つめている。
 ひょっとして、私も同じようにしろってこと?
 そう考えて、人差し指の腹を唇に当ててみる。

 ムニッと唇に柔らかいもの触れる感覚。
 あれっ?
 私、つい最近これと同じ感触を感じた。
 目の前に居る三笠君と目が合う。

 その時、私の脳裏に三笠君の大写しの顔のイメージが飛び込んできた。
 息が詰まる感覚。早鐘を打つ心臓。首筋が燃えるような熱さ。
 幾つもの感触が私の中に蘇って来る。
 そうだ、私、キスしたんだ。三笠君と。

 キスシーンに続くように、数々のイメージが復活していく。
 白い草原、水の流れ、公園、女の子、また白い草原、古墳、素子さん。
 そして、白い猫。黒い顔に髭のような模様のある猫。
 ネコモリサマ。
 そうだ。全て思い出した。
 私はネコモリサマの恩返しで、翠を猫に変えてしまったんだっけ。
 それを私と三笠君で元に戻したんだ。
「思い出した?」
「うん。思い出した。ありがとう、三笠君のおかげで、翠が人間に戻れた」
 思い切りの勢いで三笠君に抱き着く。
「ありがとう。ありがとう」
 自然と涙が湧いて来た。
 三笠君が優しく私を抱きしめてくれる。

 翠が人間に戻った。翠と仲直りもできた。
 三笠君とも心が通じた。
 私が三笠君を想っているのと同じように、三笠君も私を想ってくれている。
 私、こうやって三笠君の胸を独り占めしていて、良いんだ。
 私は三笠君の胸のなかで安心して涙を流し続ける。
 それは、暖かい幸せの涙だった。