「じゃあ、二人きりで話したいことも有るだろうから、僕は少し席を外すよ」
 傷の手当てが終わると、三笠君は自転車を押して、二つ隣にベンチに移動した。
 残された翠と私に沈黙の時間が訪れる。
 話たいことは沢山あるのに、何と言って声をかけたら良いか分からない。

「あの。お姉ちゃん」
 翠が消え入りそうな声で話し掛けてきた。
「何」と優しく問い返す。
「お姉ちゃん。私のこと怒ってない?」
「怒ってないよ。ごめんね。昨日は、色んな事が合って虫の居所が悪かったの、私。
それを、翠にぶつけちゃった。ほんとにごめんね」
「私が……妹でも構わない?」

 そうか。翠は、私の発した『翠は妹じゃない』という言葉を気にしているんだ。
「許してね。酷いこと言ったね。翠は、私の一番大切な妹だよ」
「そう、良かった……」翠が大きく息を吐く。
 私は翠の手を握りしめる。翠が私の手を握り返す。
 湿りけと温もりが伝わって来る。

「お姉ちゃん。私ね、小さい頃に、自分がお姉ちゃんの妹じゃないかもしれないって
思って、凄く怖かった事があったの」
「……」
「お姉ちゃんの名前は美寿穂でしょ。お母さんは詩寿穂で、二人とも名前に穂の字が
入っている。咲穂里お姉ちゃんもそうだし、咲穂里お姉ちゃんのお母さんは、歌寿穂
おばさん。でも、私だけが、名前に穂の字が使われていなくて……」
「……」
「それで、私は本当は貰われっ子なんじゃないのかと思ったの。その事を考えると、
とても悲しくて苦しくて……。夜も眠れないくらいに悩んだ……」
「…」
「それで、ある時、お母さんに尋ねたの。どうして私だけ、名前に穂の字を使われて
ないのかって」
「……そうしたら?」
「私が、まだお母さんのお腹の中にいるときに、お姉ちゃんがこう言ったんだって、
『私は翡翠の緑色が好きだから、妹が生まれたらミドリって名前にして欲しい。そう
したら、妹の事を一生好きでいられる』って」 思い出した。完全に忘れてたけど、確かに私は、妹が生まれたらミドリって名前に
して欲しいと、お母さんに頼んだんだ。
「私、その話を聞いてとても嬉しかった。私、お姉ちゃんの妹なんだ。お姉ちゃんの
妹に生まれて良かった。そう思ったの」

 ああ翠。
 私は再び翠を強く抱きしめる。
 もう、二度と翠を離すまいと心に誓う。
 涼やかな風が公園を吹き抜け、私と翠の再会を優しく祝福してくれていた。