ふと気が付くと、私は横断歩道の前に立っていた。
 あっ。また考え事してて前後不覚になっていた。
 私の斜め前にいた猫が歩き始めた。
 私も、その猫につられて、足を踏み出す。

 パッパッー。けたたましい警笛。
 キキーッというタイヤの悲鳴。
 ガッシャーンと何かが倒れる音。
 三つの事が同時に起こった。
 音の方向を見ると、自転車に乗ったまま、横断歩道に横たわる三笠君が居た。

「馬鹿野郎。どこ見て歩ってるんだ」 
 三笠君から、ほんの数十センチ手前で止まった自動車から罵声が聞こえる。
 横断歩道の先の信号を見ると赤だ。三笠君、信号無視をしたらしい。
「す、すみません」
 三笠君が、体を摩りながら立ち上がり、自動車の方に頭を下げる。
 ああ、良かった。怪我はしていないようだ。
 三笠君を撥ねそこなった自動車が、轟音を立てて走り去っていく。

「三笠君、大丈夫?」
 歩道に戻った三笠君に声をかける。
「うん。どうやらね…。それに、ネコモリサマも無事なようだ」
「?」
 三笠君の視線の先を追うと、私の隣で猫が腰を抜かしていた。
 太い体の白黒のブチ猫。黒い顔で、鼻の下の部分だけ白くて口髭みたいだ。
「あなたも、災難だったね」

 私が猫を抱き上げようとすると、髭猫は腰を抜かしたまま、前足を伸ばして暴れて
いる。
 よく見ると、地面にドラ焼きが落ちていた。
「これ、あなたのなの?」
 ドラ焼きを拾い上げ、猫の目の前にかざすと、
―それは、儂のじゃ―
 と言わんばかりにドラ焼きをひったくって、前足で抱え込んだ。