「聞こえとるよ」
 風景の一部がめくれ上がり、目の前に空中部屋が出現する。
「全部聞いとったぞぉ。髭猫で悪かったのう!」
 ネコモリサマが三笠君を睨みつける。
「聞いてたんなら、話が早い。濱野さんが猫になる願いを、直ぐに中止して下さい」
 三笠君がネコモリサマの前に跪く。ネコモリサマが、私の顔を見る。
「美寿穂も、それでいいのかの?」
 三笠君が私の目を見て、強く頷く。
「わがまま言って済みません。出来るなら、キャンセルにして下さい」
「ふむ。キャンセルね。まぁ、儂も気乗りせんかったから、構わんよ。なあに、只、
準備しとっただけじゃから、別に気にすることはない」
 ネコモリサマがウインクしてみせる。
 きっと、私を猫にする気なんか、最初からなかったんだ。

 三笠君が、私をきつく抱きしめる。
「良かった。本当に…、良かった」
 三笠君が泣いている。
 こんなにも、私の事を案じてくれていたなんて。
 私も、三笠君の背中に腕を回し、力の限り抱きしめた。

 ウォッホン。
 ネコモリサマが咳払いえをした。
「取り込み中、恐縮じゃがのう。結果的にキャンセルしたが、美寿穂が願いを言った
事に変わりは無いからのう。叶えられる願いは、あと一つだけじゃぞ」

 私達は抱擁を解いて、お互いの顔を見合わせる。
 願いはあと一つだけ。
 残された最後の願いだけで、本当に翠を人間に戻せるだろうか?