「パパー」
 女の子の駆けて行く先には、ベンチでうたた寝する父親らしき男性が居た。
 女の子は、ときおり私の方に視線を向けながら、父親に何かを訴えかけている。
 父親は、私達を一瞥すると、立ち上がって私達の方に歩いて来る。
 その背中に隠れるように、翠を抱いた女の子が付き従う。
 どうしようか? 私と三笠君が顔を見合わせる。

「うちの猫が、君の飼ってた猫なんだって?」
 単刀直入な物言いだ。
 飼っていた、という言葉には抵抗がある。
 翠は私の妹だ。
「あの…、翠とは、ずっと一緒に暮らしてました」
「ミドリ? うちで付けた名前と同じだね…。ずっとって、いつからなの」
「翠が生まれた時からです。もう、十五年位経ちます」
 ありのままを正直に答える。
「十五年? それだと、猫としては相当の年寄りの部類に入るけど、ミドリはもっと
若い猫のように思うけど…」

 しまった。ありのままを伝えたけど、翠が猫として考えると、変な具合になる。
 返答に窮して口ごもる。
「まあ、それは良い。君の猫は何時から居なくなったんだい?」
「今朝、家を出て行ったんです。昨日、喧嘩してしまって…」
 これまた、包み隠す真実を告げる。
「今朝? この()は一週間位前に、うちの庭に迷い込んで来たんだよ」
 翠を抱いた女の子が、そうだそうだと相槌を打つ。
 また、失敗した。
 こちらの世界では、そんな歴史になっているなんて、思いもよらなかった。