最近、東京都の青山一丁目駅付近に、不思議なお店がオープンして話題になっている。基本的には場所柄らしく、上品でオシャレなカフェのようだ。少し時間が空いたので、私はそのお店に行ってみる事にした。
「いらっしゃいませ！！」
　ふむふむ……お店の中は、まさに都会風のオシャレカフェと言った雰囲気だ。さて、問題は一体このお店のどこが変わっているのかだ。平日の午後三時頃にしては、お客さんは結構入っている。若干、若い女性客が多いかな？

　私は、空いているカウンター席の角に座って、これから始まる「ショータイム」を、期待に胸を膨らませて待つ事にした。
「いらっしゃいませ！こちらが、当店のメニュー表になります。ご注文がお決まりになりましたら、お手元のベルを軽く鳴らしてください」
　ちょっとイケメン風の背の高い男性が、そう言ってメニュー表を持ってきた。どうやら、このお店は全て単品のみの「アラカルト」の注文スタイルのようだ。

「さて、先ずは……」
　私は、今のところ変な雰囲気を一つも感じないこのお店にすっかり馴染んで、料理をチョイスし始めた。サラダ系から入るか？カルパッチョもいいな。いや、ちょっとビールも飲みたいな……なんて、メニュー表を見ながらどれから頼もうか？私はもはやこのお店に潜入取材的に来店した事などすっかり忘れて、食い入るようにメニュー表を凝視していた。

「ん？」
　私は、ふと、あることに気が付いた。
「値段が書いてない……よく見ると全メニューそうだ……」
　待てよ、値段が書いていないという事は、全品三百円均一とか、そう言った感じの変わり種のカフェという事か？いや、ちょっと待て！店の何処にも値段についての記載は無かったはずだ。そう言う細かい所に関しては、私は抜かりない人間だ。必ずチェックしている。間違いない。いや、しかし待ちやがれこの野郎！メニューに値段が書いていないからと言ってビビる事はないじゃないか。そうだ！さっきのイタリア人風ラテン系背高ノッポのイケメンクソ店員に聞けば良いだけの話ではないか！

　約三分間かけて平静を取り戻した私は、手元にあったベルを使わず、さり気なくイケメン店員に目と手の動きを使って合図を出した。
「お客様、どうなさいましたか？」
　何処までも果てしなく落ち着いている野郎だな……私は少しだけ怒りを覚えながら、
「どうしたもこうしたも、メニュー表に一切値段が書いてないじゃないか！？」
「お客様。失礼ですが、当店へは初めてのご来店でしょうか？」
「はい。初めてですけど……」
「失礼いたしました。当店は全ての料理がプライスレス。つまり、無料にてお客様へ提供するスタイルで営業をさせて頂いております」
　イケメン店員は、私の目を見てにこやかにそう説明した。
「プライスレス？無料？そんなバカな！？」
　驚いた私は、少しだけ語気を荒らげてしまった。
「会員登録とかして、何十万とか請求が来るのか？」
「いいえ、決してそのような事はございません」
「じゃあ、どこで店の採算を取っているんだ！？」
　私も、結構しつこい奴だった。
「お客様。当店の料理は全て親会社の経営するフレンチやイタリアン、和食などの各料理店から「修行」という形で見習い中の料理人が、各店で余った食材のみを使って料理を提供いたしております。なので、お客様に料金をお支払いいただく理由は一切ございません」
　なるほど。って、だからって無料は怪しいぞ！昔、両親によく言われた……
「只(ただ)より高いものはない……」
　私は心の中で念仏のようにその言葉を繰り返して、今のこの状況を客観的に判断する必要に駆られていた。

「だけど、せっかく来たんだから……」
　私は、揺れ動く心の動揺を隠しきれずにコップに入った水を一気に飲み干した。
「よし、ここはコイツの言う事を一旦信用して、好き放題料理を頼んでやろう……」
　誰にも聞こえない程の小さな声だった。私はこの店と心中する覚悟を固めた。

「オーロラサーモンのカルパッチョとタンシチュー。生ビールにフォアグラの天ぷら。デザートに切れ端ティラミスをください！」
「かしこまりました」
　イケメン店員は、私の注文した料理を伝票に記入してから一礼をして爽やかな笑顔と共に厨房の中へと消えていった。


「ふ～、なかなか美味しかったな！ビールもキンキンに冷えてたし……」
　私は、この一風変わったお店が気に入った。何より全ての料理が無料だなんて！見習いのシェフとは言え、充分すぎる程美味しい料理だった。

「じゃあ、ごちそうさま！」
　一通りの料理を食べ終えた私は、満足げにイケメン店員に声をかけた。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
　イケメン店員は、とても丁寧な対応で私を店先まで見送ってくれた。

数週間後。あのお店を気に入ってしまった私は、また平日の午後三時頃、青山一丁目駅から歩いて数分間の距離にあるあのお店に向かった。

「いらっしゃいませ……」
　また、あのイケメン店員が私を迎えてくれたが、気のせいか？少し表情が重たいような気がした。
「また、来ちゃいました！」
　店の中を見渡すと、不思議な事に誰一人としてお客さんがいなかった。
「今日は……空いていますね？」
　私は、素直な質問をぶつけてみた。
「お客様。当店は、本日をもって閉店いたします……」
「えっ！なんで？」

お店に入ってから約一時間。私は、イケメン店員の話をずっと聞いていた。

「いわゆるＳＮＳを始めとするインターネット上で、当店が話題になりまして……どこかの誰かが投稿した画像や動画、コメントをきっかけにネット上で炎上騒ぎになりまして。それ以降はもう……」
「何を書かれたのですか？」
「親会社のチェーン店の余りものや、腐りかけの食材を素人同然の見習い料理人が、レンジでチンして適当に客をさばいている最低の店だと……」
「そんな事が……」
「影響力の強いネットであれだけ騒がれてしまうと……その後、客足が日に日に遠のいてしまって……」
「残念だな……」
　私は、注文した美味しいコーヒーを飲みながらイケメン店員と目を合わすことなく、静かに唇を噛み締めた。

「それじゃあ、失礼します。残念ですけど、これに懲りずにまた頑張ってください！」
　そう言った私だったが、イケメン店員は少し目が潤んでいるようにも見えた。
「ありがとうございました！」
　彼は、最後まで誠意ある対応で私を見送ってくれた。

　ネットの影響か？その後、親会社の経営する各店にまで悪評が飛び交い、その話は連日テレビのニュース番組などでも報道されていた。結局、経営難に陥った親会社までもが破綻してしまうという最悪の結末になってしまった。

「只より高い物はない……か……」
　私は、自身のフェイスブック上にあのお店についてのコメントと画像をアップした。
「カフェ・アラカルト。青山一丁目にあった素敵なお店。唯一の失敗は、各料理にそれ相応の値段を付けず、全て無料で提供した事。その奇抜なアイデアと居心地の良さ。だけど、人は……というよりも今の時代はネットでの拡散一つで会社がつぶれる時代だ。何故なのだろう？少なくとも私はカフェ・アラカルトの料理やサービス、お店の雰囲気全てが大好きだった。そして自らの目と耳、舌でハッキリと確かめた。私が思うにこのお店は一つ星レストラン級のレベルの料理を提供していた。いつの日か、またカフェ・アラカルトと再会する日を心待ちにしています……」
　小さな発信だった。その私のフェイスブック上のコメントや画像が拡散されて少しだけ風向きが変わったようにも感じた。
　でもね！私だってそう思いますよ……
「只より高い物はない。というか、怪しい物はない……」
　だけど、あのカフェ・アラカルトでのひと時は至福の時間でした。私は既に削除した過去の自分の書き込みを思い出していた……
「青山一丁目駅から歩いて行けるお店。カフェ・アラカルト。今日行ってきました！オーロラサーモンのカルパッチョとタンシチュー。生ビールにフォアグラの天ぷら。デザートに切れ端ティラミス。これらが全て無料！プライスレスです！だけど……多分チェーン店からの余りものや客の食べ残しなんかを見習いの料理人が適当にレンジでチン！してるんだろうなぁ～。だって……」
「只より高い物はない……でしょ！？」

　ネット上であのお店と会社を炎上させたのは……そう、私自身です。

　それでも私は、あのお店が好きだった。
「カフェ・アラカルト。が……」