暗い部屋でラジオの発信を待つ時間は幸せだった。
前に声が聴こえた時と同じ状況にしておいたほうがいい、と電気も消してベッドにもたれる。時々、どちらかが思い出話をポツリポツリと語ると、共有の過去の記憶にくすぐったくなった。
ふと冷静になると、語られている出来事は現在進行形ではないことに気づくこともある。
まだ未来が続く私と、あの事故を最後に時間が止まっている公志。
そんな時は急に寂しくなり、薄闇に浮かぶ公志の輪郭が薄くなってしまう。慌てて公志の存在を信じると、見透かしたように頭をコツンと叩く真似をされた。
もちろん、公志の手は私の身体には触れることはできないけれど。
——このままずっとそばにいてくれたなら。
そんな願いを口にしたなら、公志はきっと困るだろう。
触れられなくても誰にも見えなくても、一緒にいる時間を大切にしたい。
公志の探し物が見つかって本当にいなくなる日がきてしまったら、私は耐えられるのかな。
二度目のさよならを、今はまだ受け止める自信がなかった。
いつもなら眠くなってしまう午後十一時を過ぎても、漠然とした不安が部屋中に漂っているようで、一向に睡魔はやってこない。
隣の公志は、中学生の時にかかったインフルエンザの話をおもしろおかしく語っている。 ああ、そうかと気づく。
いつも眠くなってしまうのは、公志がいろんな話で安心させてくれているからなんだ。やさしいな……。
だけど、今日も公志は武田さんに会いに行ってたのか、さっき帰ってきたところだった。やがて私が眠りにつくと、しばらくラジオからの声を待ってから自分の家に帰っていく。
私だけのものじゃない公志。それを思うと切なさでお腹がモヤモヤする。
「なんか元気ないな」
顔をのぞき込んできた公志に、顔をそむけた。公志のせいだ、なんて八つ当たりもいいところ。
「眠くなっちゃって」
ごまかす私に、「あーあ」とため息をつく公志。
「俺の幼なじみは、なんてわかりやすいウソをつくのだろうか」
嘆くように天井に向かって両手を広げている。……やはりバレていたか。
「そりゃあ落ち込んじゃうよ。あれ以来、ラジオはうんともすんとも言わないし、全然公志の役に立ってないもん」
置き換えたウソを聞いて、公志は「ふ」と笑った。
「役に立つかどうかは、俺が決めることだろ? 茉奈果が俺の姿が見えるだけで、ずいぶん助かってるんだぜ」
「そういうものなの?」
「そういうもの」
言い切ってから公志は、パチンと両手を合わせた。
「そんな時こそ、パワースポットだな。明日、学校終わったらラジオ局に行かない?」
「行かない」
瞬時に断っておく。
「なんでだよ。明日は“ピンソバ”って番組のなかで、俺の好きな大喜利コーナーがあるのに」
「行かないって。それより、ちゃんと探し物を見つけないと」
中学の時に連れていかれたラジオ局の前で、私は公志に力をもらった。
だけど、今苦しんでいるのは公志への恋心。どんなに願っても叶わない恋は、パワースポットに行っても苦しくなるだけだよ。
「つまんねぇの」
本当につまらなさそうな顔をした公志の頬にぽわっと光が当たった。
公志も気づいたようで、同じタイミングで正面を見ると、ラジオからほのかにオレンジの光が生まれたところだった。
「茉奈果」
「うん……」
ノイズが徐々に大きくなっていき、やがて声が混じりはじめる。ゴクリとつばを飲み込んで意識を集中させた。
《……たい》
最後の二文字が聴こえる。また『死にたい』というつぶやきかもしれない。
《……どうして……ジジッ……なの?》
か細い女の子の声は、泣いているのか震えている。目を閉じて耳に集中をすると、女の子が小さく言った。
《生きていたい。だけど……生きていてもこの先になにがあるの?》
それは、人生に絶望しているってこと? まだ若そうな声なのに、いったいどうしたんだろう?
《私にはもう、なにも……っく……うう……》
やがて泣き声に変わる言葉に、私も公志も言葉を発せずにいた。
また助けを求める声がしている。これが公志の探し物と、なにか関係があるのだろうか。
今度は背後の音に耳を澄ませるけれど、泣き声ばかりが気になってしまう。その時、戸を引くような音に続いて、
《どうしたの静佳ちゃん?》
女性の声がした。
声には出さずに「静佳ちゃん」と口を動かすと、公志も無言でうなずいた。
《なんでも……ないよ》
しゃくりあげながら答える女の子に、足音が近づいてきた。
《もうすぐ退院なのに、どうして悲しいの?》
近くなった女性の声は、ふんわりとやさしい。
退院ということは、彼女がいるのは病院だ。そして、声をかけたのは看護師さんなのかも。ヒントを頭にメモしていると、ノイズが女性の声を邪魔し出した。
《大丈夫だよ。だって……ジジジ……から……ザザザ》
波のような雑音がし、やがてラジオは音も光も消してしまった。しんとした暗闇が部屋に戻る。
「病院に入院している……ってことだよね」
部屋の明かりをつけて公志に確認すると、
「そうだろうな」
難しい顔をしている。
「じゃあ、すぐに行こう」
立ち上がった私に、なぜか公志は腕を組んで動かない。
「どうしたの? 行かないの?」
「こんな夜中に病院に行ったら不審者だと思われる」
「それでも助けを求めているのに、ムシできないよ」
抗議する私に公志は首を横に振った。
「名前だけわかってもどこの病院かもわからない。部屋番号だってどうやって調べる? どっちにしても調査してからにしたほうがいい」
「でも……」
「それに『生きたい』ってことは、すぐに死を選ぶこともなさそうだしな」
矢継ぎ早に言う公志に違和感を覚えながらもうなずく私。
「調べるのは俺にまかせて。それまで待機な」
そう言うと、公志は「おやすみ」とだけ告げて出ていってしまった。
なんだか、急に人が変わったかのような態度にきょとんとしてしまう。
どうしちゃったんだろう……。
ベッドにもぐり込んでからも、いろんなことが頭のなかを渦巻いてしまい、なかなか眠りは訪れなかった。
七月五日、晴れ。
期末テスト直前の今日は、クラスの話題もそのことばかり。実際、真梨からは、
「歴史のテストは、大河ドラマからも出るみたい」
と、疑わしい情報がまわってきている。
いつもならろくに勉強もせずテストに挑んでいる私だけれど、最近は学校から帰ると机に向かっていたりする。
理由は三つある。
ひとつは、ラジオの前で待機する日々のせいか、睡眠命だった私が以前に比べると夜型になっていること。
ふたつめは、あの夜以来、姿を見せなくなった公志のせいでやることがないから。
最初はヤキモキしていたけれど、結局大人しく待つしかないわけで……。きっと調査をしているのだろうけれど、状況報告くらいしてくれてもいいのに。
そして三つめは、あのラジオから続きの声が聴こえるかも、と部屋にいる時間が多くなったせいもある。
スマホを触っていても落ち着かず、どうせならと勉強にいそしんでいるのだ。やったことのない復習をしてみてわかったのは、自分が今までいかに逃げていたかということ。
『どうせ平均点しかとれないし』と、挑戦する前からあきらめていた。
わからないところが理解できる楽しみを初めて知り、退屈だった授業も信じられないほど集中力が上がったことを実感していた。自分でも単純だと思うけれど、気を紛らわせるにはちょうどよかった。
「ケンカでもしてるの?」
昼休み、今日は部活のない真梨とお弁当を食べている時にそう尋ねられた。
「……誰と?」
まさか公志のことじゃないよね、と慎重に聞き返すと真梨は顔を近づけて小声で言った。
「優子と」
ああ、武田さんのことかとホッとする反面、どう答えていいのかわからずに口をへの字にした。
「してないよ。もともと、あんまり話したことないし」
武田さんとは、初七日の後も何回か顔を合わせていた。
廊下で、トイレで、校庭で。が、あの日と同じように彼女は私の存在に気づくと、目を伏せてすれ違うだけ。
いくら平均点の私でも、自分が嫌われていることはわかった。
きっと、公志のことだよね……。
私の気持ちを知る由もない真梨は、「気のせいか」とお茶を飲むと違う話題に移った。
最前列に座る武田さんを見る。放送を聞くこともなく本も読まなくなった彼女は、昼休みの時間うつむいていることが多い。元気がないのは、公志の死が原因なのは明らかだ。
ふたりがつき合っていることは私しか知らないはずだから、彼女の悲しみが理解できるのも私しかいない。でも、避けられていると知っていて話しかけるなんてムリだった。
例えなんとか話ができたとしても、頭のいい彼女に心のなかを見透かされそうで怖かったのもある。
私の周りには鋭い人が多すぎるよ。
「今日は木曜日だね」
「あ、うん」
何気なく言った真梨にうなずくと、胸に痛みが走った。生きている公志を見た最後の日を思い出したから。
雨降る交差点にいたふたり。聞きたくない言葉を言う公志。
大きくため息をつくと、記憶を追い払った。
リピート再生はもうやめよう。何度思い返したとしても、過去は変わってくれないのだから。
「今日も武田さんは早く帰るんだろうね」
そう言って卵焼きを頬張る真梨に、
「そうだろうね」
と、同意した。
今も公志は、武田さんの様子を遠くから見ているのかな。それくらい想われるって幸せだよね……。
暗い気持ちになりそうで「寝る」と机に伏せると、真梨の笑う声が聞こえた。
「じゃああたしはトイレ行ってくる。おやすみ」
校内放送では、懐かしいアニメの主題歌が流れている。ヒーローものの主題歌の歌詞を頭のなかで反芻しながら目を閉じた。
『負けるな 今こそ立ち上がれ おまえの力がみんなを救う』
平均点の私に、そんな力はないよ。負けてばかりで、傷だらけ。
心のなかで歌詞に文句を言う。
『努力は無敵 逃げるな 逃げるな 立ち向かえ』
自分のことを言われているようでムッとしながら、顔を上げた。
努力すりゃあいいんでしょ、とふてくされて机をあさる。
トイレから戻ってきた真梨が、教科書を開いて復習している私を見て目を丸くしていた。
前に声が聴こえた時と同じ状況にしておいたほうがいい、と電気も消してベッドにもたれる。時々、どちらかが思い出話をポツリポツリと語ると、共有の過去の記憶にくすぐったくなった。
ふと冷静になると、語られている出来事は現在進行形ではないことに気づくこともある。
まだ未来が続く私と、あの事故を最後に時間が止まっている公志。
そんな時は急に寂しくなり、薄闇に浮かぶ公志の輪郭が薄くなってしまう。慌てて公志の存在を信じると、見透かしたように頭をコツンと叩く真似をされた。
もちろん、公志の手は私の身体には触れることはできないけれど。
——このままずっとそばにいてくれたなら。
そんな願いを口にしたなら、公志はきっと困るだろう。
触れられなくても誰にも見えなくても、一緒にいる時間を大切にしたい。
公志の探し物が見つかって本当にいなくなる日がきてしまったら、私は耐えられるのかな。
二度目のさよならを、今はまだ受け止める自信がなかった。
いつもなら眠くなってしまう午後十一時を過ぎても、漠然とした不安が部屋中に漂っているようで、一向に睡魔はやってこない。
隣の公志は、中学生の時にかかったインフルエンザの話をおもしろおかしく語っている。 ああ、そうかと気づく。
いつも眠くなってしまうのは、公志がいろんな話で安心させてくれているからなんだ。やさしいな……。
だけど、今日も公志は武田さんに会いに行ってたのか、さっき帰ってきたところだった。やがて私が眠りにつくと、しばらくラジオからの声を待ってから自分の家に帰っていく。
私だけのものじゃない公志。それを思うと切なさでお腹がモヤモヤする。
「なんか元気ないな」
顔をのぞき込んできた公志に、顔をそむけた。公志のせいだ、なんて八つ当たりもいいところ。
「眠くなっちゃって」
ごまかす私に、「あーあ」とため息をつく公志。
「俺の幼なじみは、なんてわかりやすいウソをつくのだろうか」
嘆くように天井に向かって両手を広げている。……やはりバレていたか。
「そりゃあ落ち込んじゃうよ。あれ以来、ラジオはうんともすんとも言わないし、全然公志の役に立ってないもん」
置き換えたウソを聞いて、公志は「ふ」と笑った。
「役に立つかどうかは、俺が決めることだろ? 茉奈果が俺の姿が見えるだけで、ずいぶん助かってるんだぜ」
「そういうものなの?」
「そういうもの」
言い切ってから公志は、パチンと両手を合わせた。
「そんな時こそ、パワースポットだな。明日、学校終わったらラジオ局に行かない?」
「行かない」
瞬時に断っておく。
「なんでだよ。明日は“ピンソバ”って番組のなかで、俺の好きな大喜利コーナーがあるのに」
「行かないって。それより、ちゃんと探し物を見つけないと」
中学の時に連れていかれたラジオ局の前で、私は公志に力をもらった。
だけど、今苦しんでいるのは公志への恋心。どんなに願っても叶わない恋は、パワースポットに行っても苦しくなるだけだよ。
「つまんねぇの」
本当につまらなさそうな顔をした公志の頬にぽわっと光が当たった。
公志も気づいたようで、同じタイミングで正面を見ると、ラジオからほのかにオレンジの光が生まれたところだった。
「茉奈果」
「うん……」
ノイズが徐々に大きくなっていき、やがて声が混じりはじめる。ゴクリとつばを飲み込んで意識を集中させた。
《……たい》
最後の二文字が聴こえる。また『死にたい』というつぶやきかもしれない。
《……どうして……ジジッ……なの?》
か細い女の子の声は、泣いているのか震えている。目を閉じて耳に集中をすると、女の子が小さく言った。
《生きていたい。だけど……生きていてもこの先になにがあるの?》
それは、人生に絶望しているってこと? まだ若そうな声なのに、いったいどうしたんだろう?
《私にはもう、なにも……っく……うう……》
やがて泣き声に変わる言葉に、私も公志も言葉を発せずにいた。
また助けを求める声がしている。これが公志の探し物と、なにか関係があるのだろうか。
今度は背後の音に耳を澄ませるけれど、泣き声ばかりが気になってしまう。その時、戸を引くような音に続いて、
《どうしたの静佳ちゃん?》
女性の声がした。
声には出さずに「静佳ちゃん」と口を動かすと、公志も無言でうなずいた。
《なんでも……ないよ》
しゃくりあげながら答える女の子に、足音が近づいてきた。
《もうすぐ退院なのに、どうして悲しいの?》
近くなった女性の声は、ふんわりとやさしい。
退院ということは、彼女がいるのは病院だ。そして、声をかけたのは看護師さんなのかも。ヒントを頭にメモしていると、ノイズが女性の声を邪魔し出した。
《大丈夫だよ。だって……ジジジ……から……ザザザ》
波のような雑音がし、やがてラジオは音も光も消してしまった。しんとした暗闇が部屋に戻る。
「病院に入院している……ってことだよね」
部屋の明かりをつけて公志に確認すると、
「そうだろうな」
難しい顔をしている。
「じゃあ、すぐに行こう」
立ち上がった私に、なぜか公志は腕を組んで動かない。
「どうしたの? 行かないの?」
「こんな夜中に病院に行ったら不審者だと思われる」
「それでも助けを求めているのに、ムシできないよ」
抗議する私に公志は首を横に振った。
「名前だけわかってもどこの病院かもわからない。部屋番号だってどうやって調べる? どっちにしても調査してからにしたほうがいい」
「でも……」
「それに『生きたい』ってことは、すぐに死を選ぶこともなさそうだしな」
矢継ぎ早に言う公志に違和感を覚えながらもうなずく私。
「調べるのは俺にまかせて。それまで待機な」
そう言うと、公志は「おやすみ」とだけ告げて出ていってしまった。
なんだか、急に人が変わったかのような態度にきょとんとしてしまう。
どうしちゃったんだろう……。
ベッドにもぐり込んでからも、いろんなことが頭のなかを渦巻いてしまい、なかなか眠りは訪れなかった。
七月五日、晴れ。
期末テスト直前の今日は、クラスの話題もそのことばかり。実際、真梨からは、
「歴史のテストは、大河ドラマからも出るみたい」
と、疑わしい情報がまわってきている。
いつもならろくに勉強もせずテストに挑んでいる私だけれど、最近は学校から帰ると机に向かっていたりする。
理由は三つある。
ひとつは、ラジオの前で待機する日々のせいか、睡眠命だった私が以前に比べると夜型になっていること。
ふたつめは、あの夜以来、姿を見せなくなった公志のせいでやることがないから。
最初はヤキモキしていたけれど、結局大人しく待つしかないわけで……。きっと調査をしているのだろうけれど、状況報告くらいしてくれてもいいのに。
そして三つめは、あのラジオから続きの声が聴こえるかも、と部屋にいる時間が多くなったせいもある。
スマホを触っていても落ち着かず、どうせならと勉強にいそしんでいるのだ。やったことのない復習をしてみてわかったのは、自分が今までいかに逃げていたかということ。
『どうせ平均点しかとれないし』と、挑戦する前からあきらめていた。
わからないところが理解できる楽しみを初めて知り、退屈だった授業も信じられないほど集中力が上がったことを実感していた。自分でも単純だと思うけれど、気を紛らわせるにはちょうどよかった。
「ケンカでもしてるの?」
昼休み、今日は部活のない真梨とお弁当を食べている時にそう尋ねられた。
「……誰と?」
まさか公志のことじゃないよね、と慎重に聞き返すと真梨は顔を近づけて小声で言った。
「優子と」
ああ、武田さんのことかとホッとする反面、どう答えていいのかわからずに口をへの字にした。
「してないよ。もともと、あんまり話したことないし」
武田さんとは、初七日の後も何回か顔を合わせていた。
廊下で、トイレで、校庭で。が、あの日と同じように彼女は私の存在に気づくと、目を伏せてすれ違うだけ。
いくら平均点の私でも、自分が嫌われていることはわかった。
きっと、公志のことだよね……。
私の気持ちを知る由もない真梨は、「気のせいか」とお茶を飲むと違う話題に移った。
最前列に座る武田さんを見る。放送を聞くこともなく本も読まなくなった彼女は、昼休みの時間うつむいていることが多い。元気がないのは、公志の死が原因なのは明らかだ。
ふたりがつき合っていることは私しか知らないはずだから、彼女の悲しみが理解できるのも私しかいない。でも、避けられていると知っていて話しかけるなんてムリだった。
例えなんとか話ができたとしても、頭のいい彼女に心のなかを見透かされそうで怖かったのもある。
私の周りには鋭い人が多すぎるよ。
「今日は木曜日だね」
「あ、うん」
何気なく言った真梨にうなずくと、胸に痛みが走った。生きている公志を見た最後の日を思い出したから。
雨降る交差点にいたふたり。聞きたくない言葉を言う公志。
大きくため息をつくと、記憶を追い払った。
リピート再生はもうやめよう。何度思い返したとしても、過去は変わってくれないのだから。
「今日も武田さんは早く帰るんだろうね」
そう言って卵焼きを頬張る真梨に、
「そうだろうね」
と、同意した。
今も公志は、武田さんの様子を遠くから見ているのかな。それくらい想われるって幸せだよね……。
暗い気持ちになりそうで「寝る」と机に伏せると、真梨の笑う声が聞こえた。
「じゃああたしはトイレ行ってくる。おやすみ」
校内放送では、懐かしいアニメの主題歌が流れている。ヒーローものの主題歌の歌詞を頭のなかで反芻しながら目を閉じた。
『負けるな 今こそ立ち上がれ おまえの力がみんなを救う』
平均点の私に、そんな力はないよ。負けてばかりで、傷だらけ。
心のなかで歌詞に文句を言う。
『努力は無敵 逃げるな 逃げるな 立ち向かえ』
自分のことを言われているようでムッとしながら、顔を上げた。
努力すりゃあいいんでしょ、とふてくされて机をあさる。
トイレから戻ってきた真梨が、教科書を開いて復習している私を見て目を丸くしていた。