どこから坂部くんは私たちの話を聞いていたのだろう。

 あやかしの姿だと、通常の人間よりも聴力が発達しているようだが、それなら結構最初の方から聞いていたということなのだろうか。

 何だか坂部くんが私に心を許しているなんて聞いたせいなのか、この状況のせいなのか、いやに胸がドキドキと鼓動を速めている。


「あのさ、坂部くん……」

「綾乃もとっとと帰れ」

「……えっ?」


 私の話を聞いてもらっていたばかりにこんなことになってしまって、本当ならミーコさんは悪くないんだと伝えたかった。

 けれど、思わず聞こえた坂部くんの言葉に耳を疑って、すっかり喉元に控えていた言葉は消えてしまった。


「何だよ」

 驚いた表情のまま坂部くんを見ていた私に、彼は不審そうに目を細める。


「いや、坂部くん、私のこと綾乃って」

「ああ、ミーコや京子さんがそう呼ぶからうつったみたいだ。間違ってないんだから、問題ないだろ?」

「そう、だけど……っ」


 これまで恋人とか仲の良い男友達のいなかった私は、同年代の男子に名前で呼ばれたことなんてなかった。

 だから、坂部くんに何の前触れもなく綾乃と呼ばれてしまって、何だかこそばゆい。

 冷静に考えると、坂部くんはあやかしであって、決して同年代の男子というわけではないのだけれど。

 坂部くんはそんな私に対してあからさまに眉を寄せて、呆れたと言わんばかりに小さく息を吐き出す。

 その姿を見て、どういうわけか思わず胸がチクリと痛んだ。