そのとき、私の頭にゴンとかたい何かが軽く当てられた。


「痛っ」

「無駄話してないで、仕事しろ。ってか、この程度、痛くも痒くもないだろ」

「……なっ」


 見ると、至ってすました表情で、私の後ろに坂部くんが立っている。

 どうやら私はいつもお客さんにドリンクやケーキを運ぶ際に使う黒色の盆で頭を小突かれたようだ。


「す、すみません……」


 何もお盆で叩くことはないのにと思うが、実際、バイト中に接客の枠を超えた雑談を京子さんとしていたわけで、言い訳はできない。

 いくらこの開店直後の時間帯はいつもお客さんが少なく、今日もまだ京子さんしかいないとはいえ、店主の坂部くんからしたら私がここで立ち話をしているのは好ましくないだろう。

 現に、ミーコさんは外の掃除をしているし、坂部くんときたら次から次へと仕事を用意してくるのだから。


 一方で、京子さんは不服そうに坂部くんをにらんだ。


「ちょっとギン。悩める綾乃に何するのよ」

「そんなの悩んだって仕方ないだろ。外野がギャーギャー言ったところで、本人がやめると決めた以上、どうしようもないんだから。部活なんてやりたい人がやるもんなんだから、やめたいやつはやめればいい」

「坂部くん、酷い! ってか、坂部くんも聞いてたの?」

「聞きたくなくても聞こえたんだよ」


 本当に坂部くんは私たちの話を聞いていたらしい。

 坂部くんたちと関わっていく中で気づいたが、どうやらあやかしは人間よりも聴力が優れているようだ。