「そろそろ時間だから、体育館裏に戻ろうか」

 明美はそう副部長と一年生三人に声をかけると、私に手をふって体育館裏の方に駆けていった。


 時計塔を再び見ると、もう吹奏楽部の演奏が始まるまであと五分を切っていた。

 私も慌てて体育館の中に入り席を確保する。そのとき、体育館の隅の席に、さっき明美に突き付けるように退部届けを出していた浜崎さんが吹奏楽部の演奏が始まるのを待っているように座っていたのに気づいた。


 吹奏楽部の演奏は、素晴らしかった。

 だけど、私の頭の中には明美のことや浜崎さんのことがぐるぐる回って離れなかった。

 *

「あらぁ~、綾乃、元気ないじゃない」

 恋煩い?なんて首をかしげて神妙な面持ちで聞いてくるのは、寄り道カフェの常連客、京子さんだ。

 今は新しい好きな人に絶賛アタック中らしい。


「え? そんなことないですよ」

 顔に出ないように気をつけていたつもりだったが、もしかして顔に出ていたのだろうか。


「ダメダメ、隠しても。におうのよ、元気ないにおいが」

「におう?」


 鼻をスンスンとさせる京子さんは、至極真面目だ。

 日頃は美人な二十代女性にしか見えないが、京子さんの本当の姿はあやかしだ。

 もしかしてあやかしは、そんなに鼻が効くというのだろうか。