私が退部届けのことに気づいたのを見て、明美は手の中のしわくちゃの紙をまっすぐに広げた。

 そこにはボールペンで浜崎若菜と、少し控えめな文字で書かれている。


「……彼女、素晴らしいトロンボーン奏者だったから。部としては彼女に部活に戻ってきてほしくて、やっと話ができると思ったら退部するって……」

 明美は少し疲れたような表情で笑った。そして、少し申し訳なさそうに続ける。


「ごめんね、綾乃まで巻き込んでしまったみたいになって」

「……ううん。私こそ部外者なのに首突っ込んでごめんね。でも、何が嫌だったんだろうね。上手かったんだよね、トロンボーン」

「彼女、一年生だけど、この前引退した三年生を入れても群を抜いて上手かったから、三年生の引退のかかった夏の大会でソロを任されたんだけど、失敗して……。それが重荷になっているみたい」

「そんな……っ」

「これまで人の何倍も頑張ってきた子なのに、勿体ないけどね。彼女が決めたことなら、仕方ないよね」


 さっきまで明美と一緒にいた一年生三人と副部長は、浜崎さんのことを話しているのか、少し神妙そうな面持ちで何かを話し合っているようだった。


「そういうことだから、ごめんね。このあとの演奏、聴きに来てくれるつもりだったんだよね」

「うん」

「よし! じゃあ綾乃にこれ以上カッコ悪いところ見せられないし、頑張らないと!」


 明美はパンパンと両頬を手のひらで叩くと、いつもの明るい笑みを作って見せる。

 今になって、最近の明美は無理して笑ってたのかもしれないと感じた。