「いえ、まだ開店時間前だったのに、すみません」

「いいのですよ、来るべくしていらっしゃったお客様なのですから」


 そのときだった。今女性が私を通そうと開けてくれたドアの向こうから、低い声が響いた。


「ミーコ、そいつは客じゃない」

 ドキンといやな音を立てて心臓がはねたのは、坂部くんのあとを追うようにここに来てしまった後ろめたさと、さっき見た正体不明のモフモフのせいだろう。

 店の中から出てきた低い声の持ち主の姿を見て、私は思わず息を呑んだ。


 漆黒のサラサラの髪は腰まで長く、腰の辺りには一メートルくらいはある漆黒のモフモフがついている。

 頭には獣を思わせる三角の黒い耳がふたつ。

 尻尾と耳があることや髪が長いことを除けば、イケメンと称されるいつもの坂部くんのようにも見える。だから一見、ただのコスプレのように見えなくはない。


 それなのに、さっき窓越しで坂部くんが煙に包まれたところを見てしまったばかりに、私は酷く動揺した。


「あ、……ああっ、さっき、の……っ」


 コスプレをした坂部くんなのか、はたまた全く別の何者なのか、それさえわからず混乱した頭では、何も上手く言葉が出てこない。

 獣の耳とモフモフの尻尾のついた男性はこちらに向かって歩いてくる。