「笑うなよ。あ、待って……っ」

 他の通行人の視線を集める中、耐えきれなくなった女性が男性をおいて歩いていく。それを慌てて立ち上がった男性がおいかける。

 目の前の光景を呆然と見ていると、隣からクククと笑う声が聞こえた。


「あっはは。いい気味……っ」

 見ると、京子さんが肩を震わせて、お腹に手を当てて笑っている。その手には、先ほど私の目の前を舞っていた緑の葉が一枚握られている。

 そのとき、ポンと小さな破裂音とともに京子さんの頭に二つの三角の黄褐色の耳が飛び出したから、私は慌ててカバンの中に入れていたハンドタオルを京子さんの頭に被せた。


「ああ、ありがとう」

「いえ。もしかして、さっきの男性が転んだのって、京子さんが……?」

 すると、京子さんは自身の口元の前で人さし指を立てて、悪い顔で笑った。


「このことは秘密ね」

 やっぱりさっきのは、京子さんの妖術によるものだったのだ。


「でも、新入りちゃんのお陰でせいせいしたわ。本当にありがとう」

「いえ、私は何も……。むしろ、出すぎた真似をしてしまいすみません」

「全然。それより新入りちゃんって呼び方、まるであたしからあなたのことを突き放しているみたいで嫌よね。悪いけど、名前、なんだったかしら。初日に聞いたような気もするけど、覚えてなくて」

「あ、綾乃です。立石綾乃」

「そう。じゃあ綾乃、これからちょっとあたしに付き合ってよ」

「……え?」

「失恋の痛みは甘いものを食べて癒さなくちゃ。付き合ってくれるわよね?」

「もちろんです!」